050531 手ざわりの問題。

 感覚という環境あるいは生態を観察し、その成果を意図的に物づくりやコミュニケーションに振り向けていくこと。そこに感覚・デザイン・サイエンスを横断する新しいデザインのフィールドがある。

 たとえば集英社から出ているジャンプコミックス、 『DEATH NOTE(デスノート)』 。

 2005年5月現在、6巻まで刊行されているこのコミックスのカバーには、 「マットPP加工」 というヤツが施されています。

 「マットPP加工」 とは何でしょうか。その前にまず、 「PP加工」 の説明が必要となるでしょう。 「PP加工」 の 「PP」 は、 「ポリプロピレン」 の意。プロピレンの重合により生成されるポリマーであり、プラスチックスの一種です。いや、余計に難しくなってる。えーと要するに、紙の表面をピカピカつややかにするコーティング加工のことです。

 PP加工されているものといえば、通常のコミックスのカバーが該当します。ジャンプコミックスの 『ONE PIECE(ワンピース)』 や、りぼんマスコットコミックスの 『NANA』 。これらのカバーはピカピカつややかで、光沢があるのが確認できると思います。PP加工はカバーをキズや汚れから守ってくれるので、重宝されています。

 対して 「マットPP加工」 。これは同じPP加工でも、光沢を消したものです。落ち着いた雰囲気を醸し出し、手ざわりが柔らかソフトになる代わりに、キズや汚れが目立ちやすい面があります。世のブックデザイナーたちは、カバーの趣を決する重要な要素のひとつとして、これらコーティング加工の種類・有無を選択しています。

 コミックスをあまり手に取らない方もいらっしゃるかと思いますので念のために別の例を出すと、花とゆめコミックス 『彼氏彼女の事情』 に施されているのがPP加工、ガンガンコミックス 『鋼の錬金術師』 に施されているのがマットPP加工です。もしもし、ぜんぜんわかりやすくなってませんよ。

 さて、 『DEATH NOTE』 です。ジャンプコミックスのほとんどが光沢のあるPP加工であるなかで、 『DEATH NOTE』 のみがマットPP加工を選択していることは、この作品の(他の 『週刊少年ジャンプ』 連載陣と比しての)特殊性を際立たせることに効果を上げています。事実コミックス1巻は少年誌史上最速で100万部を突破したと聞きましたし、久しぶりのヒット作を売り出すにあたっての編集部の意気込みあるいは色気が、特例としてのマットPP加工の選択という事象ひとつからも匂ってきます。コミックス3巻の帯に 「手触りのよいマット仕様カバー!!」 なんて堂々と謳っていることもまた、狙っての選択であったことを示しています。

 実際読んでいても、この手ざわりが最初は気になるし、やがて 「 『DEATH NOTE』 の触感」 として馴染んできます。少なくとも僕の触覚においては 「マットPP加工= 『DEATH NOTE』 」 という連想が確立してしまいました。術中にまんまとハマる形となってしまって悔しいんですが、マットPP加工選択の効果、大であったということです。

 この 『DEATH NOTE』 の例のみならず、カバーの手ざわりが本の書名、著者名、内容と結びついて記憶として深く刻まれることは、少なからずあるように思います。内容以前に、装丁、なかでも触感に惚れ込んで本を購入することだってあるでしょう。あってほしい。触覚の問題が及ぼす影響力は、視覚のそれに匹敵する可能性を秘めています。

 ぼくはコーティングするなら、マットな感じの方を選びます。業界ではマットPPという呼び方をしてますね。マットにすると同じコーティングでも渋めに上がります。派手めより渋めの方がぼくは好きなんですね。
和田誠 『装丁物語

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