080422 会議室と現場のあいだ [随想]

 元来、大勢のなかで自己を発揮したり、あるいは他を活かしたりといったチームプレイは苦手なのであった。学生時代は、そういう状況から逃げ回ってばかりいたような気がする。

 仕事となるとそうも言っていられなくて、チームのなかで機能することとチームを機能させること、双方が求められる。最近では特に後者の役割を担う機会が多くなってきていて、四苦八苦している。慣れぬ役回りである。

 「チームを機能させること」 は、 「管理的業務」 と言い換えてもいい。管理的業務の意味するところは業種によってさまざまだろうけど、僕の領域で言えば、ある企画の編集チーム (編集者、ライター、カメラマン、デザイナーなど) を編成し、仕事内容を伝え、納期を定め、進行を管理する、ということになる。

 1年半前まで勤めていた会社は小規模だったので、まだなんとかなった。各業種1名ずつ、せいぜい4~5名のチームだったし、気心も知れていたから、 「管理」 なんてことさら意識しなくても、納まるものは納まった。僕以外のメンツはみんな僕よりはるかにベテランで、彼らの技能と経験に救われていた部分もあった。

 新しい環境における僕の立ち位置は微妙である。入社1年ちょっとではあるものの、編集職の経験自体は決して短いほうではない。中堅どころに差し掛かっていると言っていい。入れ替わりが激しい部署なので、僕のあとに入社してきた部員もすでに数名いる。

 そういう立ち位置のもと、ある企画の管理的業務を担うことになった。編集者、ライター総勢20名に企画趣旨を説明し、取材に行ってもらい、上がってきた原稿をチェックする。スケジュール表をにらみ、遅れが生じているようならば状況を確認する。

 この業務において、僕は取材に行かないし、原稿も書かないのである。これがキツイ。

 自分でネタを探し、取材し、原稿を書くこと。これらは言わば 「現場」 の仕事で、もちろん相応のつらさがあるのだけれども、 「自分がなんとかすれば、なんとかなる」 という、わかりやすい図式がある。対して、自分は取材しない、書かない立場で現場の苦労を斟酌しながら原稿を待ち、ときには催促しなければならないというのは、 「自分だけではなんともならない、もどかしさ」 の連続である。

 チームのメンバーの個性もある。同じように企画趣旨や仕事内容を説明しても、伝わり方には差がある。もともと持っている情報量の違いを念頭に、それぞれの性格も考慮に入れた説明・指示・催促を行うことが肝要である。個々への対応を誤ると、チームの和が乱れかねない。和の乱れは、仕事の不均質につながる。 「チームの和」 だなんて言っちゃってるよ、この僕が (似合わない) 。

 

 「現場は楽だ」 とは言わない。現場は大変で、面白い。 「現場だけに注力できれば」 という思いは、今もある。

 一方で、管理的業務は編集職の要諦であることも知っている。上に挙げた現在の僕の業務は、業界の言葉で言えば 「デスク」 の役回りそのものである。

 これから先、仕事を続けるにあたって、両者のどちらに力点を置いていくのか、意識をどう配分していくのかを考えていくことが、ひとつの課題になるのだろうな、と思っている。