
■ 2000年1月,2月
| . | 000228 ヒマヒマ。 |
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むう、帰省前に何か書き残しておこうとは思うのだけどねえ、ここ最近何もしてないからなあ。ヒマ・・・というか何かに精力的に取り組むまでの気力がないんだな。いいかダメかで言えば、あきらかにダメだな。それに周りの友人は就職活動に励んでるから、遊んでくれないしなあ。研究室が本格的に始まるのは4月からだしなあ。このヒマのもてあましっぷりがステキ。 でもね、こんな時だからこそ、できることもあるでしょう。本を読んだり、絵を描いたり、HPを更新したり、旅行したり。その過程でいろんなことを感じられます。こういう時間って、目に見える前進が日々見られるわけじゃないけど、内面では何かしら成長してるんだって思ってますから(じゃなきゃ救いがない。・・・と言っても何か救いがなきゃいけないわけじゃないとも思ってるんだけど。・・・ん?何が言いたいんだ?)。勉強や仕事に追われるようになる前に、こういう時間に溺れておきましょう。僕は時間の使い方がヘタで、何かをやらなきゃいけないという状況になってしまうと、それだけで疲れてしまって趣味まで手が回らなくなっちゃうのですね。だから、今のうち、今のうちに・・・ヒマを満喫しときましょう。有閑マダムでいられる時間もあとわずか。 ・・・だあっ、暗いっ、なんか暗いぞっ。とにかくね、言いたいのはね、どんな状況にあっても時間は流れるし何かしらの進歩はある、うだうだ考え込んでもしょうがない、楽しく過ごさなきゃソンだよねっ、てこと。・・・と、無理矢理自分らしくまとめてみせて、自分を励まして(結局そういう意図)、オチ。 2000年02月28日 09時20分06秒
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| . | 000217なんでHPを作るのか。 |
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という疑問があるのです。僕は現在3つのHPを制作しているのですが、お金ももらわないでどうしてこんなしち面倒くさいことができるんでしょう。HPを公開することによって一つのコミュニティが生まれ、その中で自分を発表して満足を得ることができるから、というのがいちばん簡潔で筋のとおった、そして個人HP製作者の多くの制作動機なのだと思います。現に僕だってそうなのですが、そのような結果がもたらされることはHPを作ったことに付随するおまけのようなもので、HPを作るという行為そのものから何かを得ている部分もあると思います。 で、僕の場合HPを作ることによって何を得ているのかというと、「文章」「デザイン」この二つを創りたいという欲求を満たしているんですね。大学に入って以来こういった何かを創る作業から遠ざかっていて、感覚が鈍っていくことにちょっとした怖さを感じていたのですが、HP制作の作業に入ると、子供のころのように時間を忘れて創造の作業に没頭することができます。その時、そのHPがサークルのものであれ、サークルのために作っているという意識は全くなくなります。そもそもHPだという意識すらもなくなります。 HPに載せる文章はもちろん、誰かに読ませる、という体裁で書いてはいますけど、別に誰かに読んでもらいたい、という願望がそんなにあるわけではないです。ただ文章を書いて、吐き出して、形にして残しておきたい、そんな願望がまずありきです。もちろん僕の文章を読んで何かしらの反応が返ってきたときは非常にうれしいですが、それを求めての作業というわけではないんですよね(語弊があるかな)。もちろん、誰かに読ませるという格好をとらなきゃまともな文章が書けない、というのもあります。 デザインは自分の感覚の向くままに考えています。一つの作品ですから、自分のセンスに照らしてこだわります。こちらに関して言えば他者の目をかなり意識しています。誉められたらすごくうれしい。使える素材が限られている状況(あんまり勉強してない・・・PC持ってない・・・)のなかでどれだけできるもんかな、と思いながら試行錯誤し、時に新しい発見をしてデザインを進化させていくのは快感があります。方針として、文字を邪魔しないデザインに、というのがあって、そんな風に文字と折り合いをつけながら考えるデザインというのは僕にとってみれば新しい創造ですから、楽しくてしょうがないですね。 はい、自分がなんでHPなんか作ってんのかなあ?ということを分析してみたらこんなことになりました。こういうことに説明を与えるのって野暮だよなあと思うんですが、ちょっと書いてみました。結局のところ、僕はいろんな方面からいじってもらいたいんだよ、だからいろんなこと書いてんだよ、というのがあるんですけどね。 2000年02月17日 09時28分48秒
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| . | 000210 ティッシュペーパーが安売りしてたのでゴキゲンです。 |
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とてもさわやかに晴れた日でした。あんまり気持ちいいので、布団を干しました。これがトピックになるってことはヤバイのでしょうか。まあ気にしないでください。とことこと散歩して本屋を巡り、欲しい本がたくさんあることを確認。お金がないのでそうは買えないのですが、こんな風にまだまだ読みたい本がたくさん残ってるぞ、ということがわかると、なんだか幸せになります。いつか読む日のことを想像して。そんな本が残っている限り、僕は自殺をすることはないでしょう。物騒だなあ・・・時節柄・・・。で、研究室なんかに顔を出したりしているうちに、日も暮れました。・・・・・あ。布団干しっぱなしだった。 冷たくなってしまった布団にくるまり、しくしくと泣いて涙で枕を濡らしながら考えているのですが(嘘です)、最近の僕は当然のごとく毎日ネットに入ります。とりあえずメールチェック、そして行きつけのHPをぐるりと回ってBBS等の確認、これら全行程はこないだ計ったら20分程度で終わりました。忙しいときにはそれだけで終わりますし、ヒマがあればメール送信なり書き込みなりをしたり、チャットに参加したりします。これら全部が、今の僕の生活の一部になっていますから、たとえ20分の確認作業だけでもやっておかないと、どうにも落ち着きません。 自分のこの感覚にあらためて気づいたのは、先日、PCを日常的に使わない友人に、「よく毎日やってられるね」と言われた時でした。そして、ああ、そんな風に映るものなのかな、と思いました。通信手段として電話、手紙と同様に使ってるだけなんだけどな。でもやはり、「毎日」っていうのは僕もネット始めるまでは思いもよりませんでしたけどね。こういう、最初の感覚っていうのを時々は思い出すことは必要かなと思います。 ネット以外でPCを使うことも多いわけですが、もはや道具としてハサミと同レベルの存在ですね。当たり前に使う。うん、ハサミじゃ弱いかな。派手な十得ナイフくらいの使い出がありますね。 ・・・たった今、私がコンピュータを好きだと言ったわけですが、これは適当な表現ではありませんでした。こういうのはですね、好きとか嫌いととか言うレベルのものではもうなくなっています。コンピュータはごく当然の道具となっているわけですから、そういった道具に対して、好きだとか嫌いだとかと言うことは、ちょっと違うんですよね。よく、「僕はコンピュータが嫌いだ」とかいう人がいますけど、それは、電話が嫌いだとか、ペンチが嫌いだ、栓抜きが嫌いだというのと同じであって、「あ、そう」としか答えられない、意味のない意見です。 2000年02月10日 03時47分08秒
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| . | 000206 チャットららららチャット。 |
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僕は99年の5月末ごろからネットを始め(早い話pastaさんのHPに出会った日以来ですが)、同日に(これは偶然です)HP制作にもとりかかったんですね。最初は所属しているサークルのHPから、作り始めました。こう言っちゃなんですが将来自分のHPを作るときのための練習台として、ね。 動機が動機ですから、制作当初は実験的にいろんなことを試して遊んでいました。サークルHPなのに来場者は管理人自身の友人ばかりとオモシロイ状態にあった時期もあったんですが、内容がある程度充実してからサークルの人々に公開したところ、徐々に軌道に乗り始め、現役・OBが織り交ぜて来場する正統派サークルHPに発展しました。 と、ここまで来たときに、さて、これから先どのように運営していこうかな、と悩みました。内容的にはまだまだ充実させるべき要素はあるのですが正直そこまで手を回している気力、時間はないし、当初の目的である自分のHP制作のほうに着手したいし。かといってこのままほっぽりだすわけにもいかないよなあ、とのジレンマです。 そんなときに、ひとつの方向性が見つかりました。サークルの友人のひとりが一年間中国に留学に行っていて、その彼も中国からサークルHPの掲示板に書き込みなどをしてくれていたのですが、もっと楽しくコンタクトできる場として、チャットルームが欲しいなあ、と思ったのです。彼と、サークルの連中とが距離を超えておしゃべりできる場としてチャットルームを提供して、サークルHPの方は一段落、ということにしようと思いました(もちろん運営は続けていくんですけど)。そこで、チャットルーム探しです。最初は掲示板をチャット代わりに用いましたし(今思うとかなりムチャ)、レンタルチャットなど使って試験運転していたのですが、どうにも調子が悪く、さてどうしたものかと思ったのですが、この問題はなんともまあ理想的なところに着地し、実に快適なチャットルームを手に入れることができました。pastaさんにはほんと、感謝です。 先ほどまでその彼との東京−北京間のチャットを楽しみながら念願が果たされたことに喜び、ネットの利用法としては上等な部類に入るよね、と、ひとり悦に入っておりました。ううん、これ、日記か? 2000年02月06日 04時20分16秒
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| . | 000202 やりたかったこと、やらなきゃいけないこと。 |
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画材ショーに行ってきました。「日本最大の画材ショー」と銘打っておりまして、各地の画材業者さんがブースを設けて最新画材の展示・即売をおこなっています。 絵を描くことは昔から好きで、こういう画材を見ると非常にうれしくなってしまうのですが、つらつら並べられている魅力的な画材を見るにつけ、少しの寂しさも沸いてきたんですね。現状ではとても絵に没頭できる幸せな時間は作れないなあ、と。そして現場で画材の実演などをしたりしながら働いている人のなんだか幸せそうな表情(あくまで僕の印象ですが)を見て、悔しさも感じました。ああ、こういう趣味を特化したような職業につけたらいいよなあ、と。 もちろん今大学で学んでいることも、そしてこの先大学院で続けていこうとしていることも、自分の好きな道、自分で選んだ道であることには違いないんですが、まだまだ中途半端な位置にいる自分に、こういう別の道のあり方なんかをまざまざと見せ付けられると、苦しくなります。やりたかったこと、そして今の自分がやらなきゃいけないこと、その間にいつのまにかできてしまったラグを感じました。 大学に進学すると決めた時点で、そんな未練なんかはある程度断ち切ってはきたんですけどね。大学に行かなきゃならないぞとする周囲の波にのみこまれたまま自分のやりたいことに人生を預けるだけの覚悟が持てなかったことに後悔(とは言いたくないんですけど)の念もちょっとだけ沸きました。選択ができるだけの余裕を与えてもらいながらも、ね。先着2500名様に渡されたスケッチブックを眺めつつ、ふむ、風景画でも描いてみようかな、色鉛筆など買って、などと思うのでした。 2000年02月02日 20時11分30秒
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| . | 000130 一人暮らしとカゼ |
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この冬は始終カゼ気味で、気分の悪いことこの上ないのですが、寝込むほど決定的には悪化していないのが救いではあります。一人暮らしで寝込んだ日にゃあ、もう死にたくなります。 去年の今ごろなんざ、最悪でした。テスト全開真っ盛りな時期に、インフルエンザにやられ、しかもそのピークがテストのピークとも重なってしまったという悲惨さ。3個のテストを控えた日の朝に、39.0度の体温計の表示を見たときには、泣きました。こういう場合、病院に行って診断書をもらって提出すれば、欠席もやむなしと処理され後日に再テストが受けられる、そんな制度がある事は分かっていたんですが、ヤなことをあとにとっておくということが心情的にユルセナイ僕は、どうせならインフルエンザもテストもいっぺんに処理しちゃえばあとラクだよねと思い、熱さましを飲んで少し寝てムリヤリ熱を下げて、フラフラになりながら戦地に赴きました。 地獄です。マスクをしていたのですが、鼻水がそれこそ水のように垂れて非常に不快、おまけに身体のフシブシが痛いとあってはテストに集中できるハズもありません。幸い勉強だけは寝込む前までにあらかたやっておいたので、その時の記憶を必死でアウトプットする機械的作業をただただこなしました。何を書いたかなんて1秒後にはもう忘れています。そんなテストが3コマ続き、家に帰るころにまた熱が再発して見事ブっ倒れました。布団に突っ伏す直前に、爆笑しながらしりとりをしているオール阪神巨人の映像が目の前に見えました。まったく狂っています。 一人暮らしは悲惨です。そんな努力を誉めてくれる人も、ここで手を差し伸べて介抱してくれる人もいません。体力をつけようにも食事を用意してくれる人もいませんし、おしぼりや氷枕を取り替えてくれる人もいません。いや、いたってよかったんでしょうが、いないんだよっ、フンッ。 テストの結果ですか?いやあ、なんかわかんないけど全部通っていたんですよね。それも多分万全なときでも大差なかったであろうという成績で。成績評価がテキトーなのか、僕の日ごろの努力の成果だったのか、定かではないです(いや、おそらく前者です)。 2000年01月30日 01時23分46秒
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| . | 000124 テスト終了、ですね?ですね?ですね? |
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テストが終了しました。出来はともかく(いや、あの、その・・・)、スッキリしました。レポートもすべて提出したので、大学3年のお仕事はすべて終わったことになります。僕の場合来年度から研究室に入って卒業研究をやっていくので、もしも今年度分の単位が予定通りにすべて取れてたら、来年度にはテスト、レポートのたぐいはないわけですね。 そんなことを思って、おお、そりゃいいや、ヤッホーヤッホーなどと思いつつさらに思いを巡らしたらば、そういえばもう授業もないんだね、ということに気がついたのです。ちょっと驚いたとともに、「あれ?じゃあ、おれが最後に受けた授業って?なんだったっけ?」とか思ったのです。「おおそうだ、先週の宗教学のじゅぎょーだった」と思い出したのですが、その時にはそんなこと思いもよらず、漫然と授業を受けただけでした。 そして、何の感慨も湧かなかったことに、ちょっとだけ物寂しい感じがしたのです。「授業」という形態でものを教えてもらうことは、もうないんだな、と(これからゼミはあるのですが、なんかおもむきが違ってきます)。小学校から数えて16年間、いろんな授業を受けてきました。黙っていればいろんな先生がいろんなことを教えてくれました。これから先、何かを学ぼうとしたとき、もはや自分から積極的に働きかけていくしか方法はないわけですね。そうして逆に、自らが教える立場に、いやおうなしに立たされるわけです。 いや、それはいいんです。当たり前のことです。ただ、その区切りとなった日、その瞬間が、気づかないまま過ぎていってしまったことに、寂しさを感じたんですね。 2000年01月24日 23時54分35秒
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| . | 000121 グチグチ。 |
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大学4年時に所属する研究室が、昨日、決まりました。 僕自身は希望する研究室にスンナリ入る事ができたのでメデタシだったんですけど、人気の研究室となりますと第一希望の段階で定員をオーバーしてしまって、誰かが、定員割れを起こしている研究室に移動しなければならない、という事態が起こってしまうわけです。 そうなると選抜方法は(うちの専修では)当人たちによる談判で決めてくれ、との上からのお達しがあるわけですが、できるだけシコリが残らないようにするには、公平にジャンケンなりアミダクジなりをするしかないじゃないですか。 僕の友人たちはそのジャンケンに勝ち残り、希望のところに入れたわけですが、「移動するヤツのことを思うと喜べないよ」って言ってました。そりゃそうですよね。行った先の研究室がどうこうじゃなく、自分のやりたい研究ができなければ、何のための大学なのかわかんない。同じ生物学でも、「動物」「植物」「細胞」「遺伝子」じゃまったく違うし、将来左右されてしまいますからね。 もちろん定員というものがあって、仕方のないことなのかもしれないですけど、定員オーバーも、定員割れも、たった一名だけだったんですよね。融通してくれてもよかったんじゃないかなあ。 2000年01月21日 17時49分28秒
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