010608 色。


 パレット [palette] 絵の具を交ぜ合わせるための板。調色板。

新明解国語辞典 第四版

 「パレットはね、きたなくなればなるほど、いいんですよ」

 小学校の図画の時間、指導にあたっていた先生が、こう言いました。この言葉のウラには、「たくさんの色を使いなさい。たくさんの色を混ぜなさい」という真意があります。子供の奔放な色使いを促進するためには適切なアドバイスです。と、今なら理解できますが、当時の僕にはムリでした。「そうか、きたなくしていいんだ」と、「きたなくすること」のみに執心しました。結果、パレット上には黒褐色、鈍色、暗灰色、どどめ色が虹を織りなすシュールな世界が展開されました。これらの色を画用紙に運ぼうとした僕を、先生はやんわりととどめました。「パレットを洗ってきた方がいいわね」とたしなめました。内心、「この子、やりすぎ」と思っていたことでしょう。先生に説明されて、やっと発言の真意を理解し、パレットの正しい使い方を知った僕。あのまま絵を描かせていたら、きっと精神鑑定で「感情表現、情緒に問題アリっぽいっす」という結果が出る、笑えない絵が完成していたことでしょう。それは事前回避されました。山田先生、ありがとう。

 パレット。その上には様々な色が散り、層を成し、混ざり合い溶け合います。筆の持ち手が作品と同時に作り上げるもうひとつの世界です。たとえ12色しかない絵の具でも、作られる色は人の数よりも多い。「無限の可能性が広がる」というありきたりな表現もピタリです。


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 「いい? コバルト・ブルー、セルリアン・ブルー、ウルトラマリーン――
ターコイズ・ブルー、プラッシアン・ブルー、インディゴ・ブルー、パーマネント・ブルー。ね、一口に青っていっても、たくさんあるんだから」

加納 朋子 『掌の中の小鳥』

 さて僕は今、一枚のパレットを手にしています。僕のみならず、HP作成者はみな、それぞれのパレットを持っています。HPそのものが、パレット。こう考えてみます。HPを作る作業でなにが楽しいって、「どんな色を使おう」と考えるときです。背景の色、文字の色、壁紙の色、画像の色。すべて自分の好き勝手し放題。あ、この人はこの色が好きなんだね、と知ることができます。嫌いな色をわざわざ用いる人はいません。ディスプレイ上に色が乗せられ、各色が主張しつつ他を引き立てつつ全体を構成します。まさにパレット。

 以前、"名前"がそのHPの雰囲気を作り上げる、といった趣旨のことを書きました(010308)。これと同じく、コンテンツに踏み込む前の段階でHPの雰囲気および第一印象を決定づける要素が、"色"ということになるでしょう。寒色を巧みに用いている人、暖色を巧みに用いている人。淡色で統一している人、Vivid colors(ラルク)で統一している人。あるいは統一感とは無縁でも絶妙な配色を示す人、モノトーンで攻めてくる人。比喩的な意味でなく、まさに作者の"色"が発揮されます。これらの色は作者の印象そのままだったり、まったくかけ離れていたり。内面の色を反映していたり、内面が求める色を知らぬうちに用いていたり。色が漏れ出る過程も結果も理由も根拠も人それぞれです。


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 「本当に好きな色があれば、いいんだけれどね。なかなか、そうもいかないから調合する。――
黒にしたって、それぞれのインクに個性があるのよ。それを合わせて、自分なりの黒を作る」

北村 薫 『ターン』

 ただしパレットと異なるのは、「色を混ぜ合わせる作業」ができないという点です。しかしこれは、絵の具では到底不可能な選択肢の幅広さで補われます。例えば僕が自分のHPで多用している色、"navy"は、カラーコード"#000080"ですが、これはを0、を0、(16進数で)80の割合で混ぜ合わせた色、ということです。、それぞれに階調が00からffまで(10進数に変換すれば0から255まで)設定されていますから、"256*256*256=16,777,216"、約1700万色の絵の具を―― あらかじめ渡されていることになります。

 1700万の中から、色を選べる。自由に。こんな贅沢な環境。小学生のころの僕が見たら―― 羨ましがるでしょうね。そして、こう言うことでしょう。

 「僕だったらもっと楽しい遊び方を思いつくのに」

 "色"という視点でもって、各人のHP巡りをしてみるというのも、面白いのです。




 「絵の具の名前を覚えるだけでも一苦労しそうだな。なんだってこんなにたくさんあるんだ」

 「世界が色で構成されているからに、決まっているじゃない? 絵を描いてるときよく思うんだけど、この世にあるものは何でも、色で表現できるのよ。どんなものでも、その本質を表すイメージカラーがあるっていうか」

 「それは人間もかい?」

 「もちろんよ」

加納 朋子 『掌の中の小鳥』


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