■ 2001年1月

. 010128 雪だるま、大量生産ラインに入りました。

 雪です。雪です。ミニモニ。です(ちがう)。東京はそりゃもう大騒ぎさ。新潟出身の友人は、この程度であたふたする東京の民をあざ笑っていたけど、なんか悔しいね。そうさおれは宮崎育ち。浮かれて雪だるまも作るってもんだ(嘘)

 朝起きて、外を見て、一面の銀世界(ベタな表現)だったら、ひとしきり感動したその直後に、「外、出たくねえ」って思いますね。しかもなお、ボタン雪がずんずんと降りしきっているし。でも研究室には行かなきゃならない。大腸菌が死んでしまう。大腸菌のために吹雪く中研究室へ歩を進めます。10時15分、定時より少し遅刻して研究室到着。研究室の人々、ほぼフルメンバーで実験してる。なんでみんなそこまで実験好きなんだ。雪合戦でもしようよ(したくない)。37℃で一晩培養しておいた大腸菌を確認したらば、元気に増殖しておりました。人間がこんだけ寒い思いしてるっていうのに、菌の分際でぬくぬくと成長しやがって。殴るぞ(殴れない)。白衣に着替えて、実験開始。といっても卒論提出後だからいまいち気分が盛り上がらず、ちょっとダラダラ。その白衣姿のまんまで外に出てみると、見事に保護色。これなら肉食動物にも見つからないので、安心して歩くことができます。寒いけど。

 この日は実験を少し早く切り上げました。「原田宗典アワー VOL.2」に、急遽行けることになったもので。あらこさんのご好意によりチケット入手。多謝。その感想を少しばかり書いてみましょうか。これから観劇に行かれる方も多いので、ネタバレはなしで。

 原田宗典。最初の数行で読者をその世界に引き込む技に長けている作家です。物語を語る作家ならば誰しもがそこに執心するものですし、苦労するものです。自分の思い描く世界に読者をどうやって誘うか。原田宗典はそこを(一見)いともたやすく成してしまいます。例えば『旅の短編集』という作品がありますが、ここでは見開きたったの二ページで、物語が開始し、そして完結しています。あっという間に過ぎ去る物語の波に飲まれて読者はしばし呆けたのちに、次の物語に臨みます。短いだけに、それほどに深い感動があるわけではない。けれど物語のかけらから、空想がどこまでも広がっていく可能性がある。この短編集を作ったその意図は、こういうところにもあったのでしょう。

 この能力は舞台においても、存分に発揮されているわけです。原田宗典が舞台上に出てくる。語り始める。口調はプロのそれではないけれども、観衆は彼の語る世界に引き込まれる。コントにおいても、芝居においても、最初の数秒で観衆は彼の描く世界に入りこんでしまいます。

 舞台中で朗読された短編を聞きながら思ったのですが、原田氏の作品には技巧的な表現や特徴的な単語は登場してきません。そのひとつひとつを切り出してみるとありふれています。しかしそれらが重なって作られる世界は紛れもない原田氏のもので。単純な言葉だからこそわかりやすいし、入りこみやすい、とも言えます。もうひとつ言うと、重ねられる文章のリズムがとても心地よい。こうきて、こうきて、こう。ポン、ポン、ポン、と耳から飛び込んでくる。これらは氏がコピーライター出身、ということもあるのでしょうか。言葉の選びかたに無駄がないから、伝わりやすいし、リズムがいい。

 これもまた舞台に反映されています。科白回しが実に小気味いい。言葉を自在に操れる氏によるものだから、オトしたり、タめたり、泣かせたり、といったポイントも自在。それが役者の技との相乗効果を生んで、素晴らしい空間と物語ができあがっていました。芝居は「祭り」であると、氏は言っていました。まさにそのとおりで、各人の意気、熱がぶつかり合って盛り上がり、終演後には一抹の寂しさも漂う。観衆の僕は「してやられたな」と思わされた、そんな舞台でありました。

2001年01月28日


. 010124 まとめることは放棄しました。

 「今、こうして歩いている自分。日常。なんでもない瞬間。すこし時間が過ぎれば消えてしまう。記憶には残らない」

 小学5年生のときに家族で行った宮崎市のデパート。親のあとに続いて歩きながら、こんなことを考えていました。言葉は今の自分の言葉に置き換わっていますが(小5でこんなキザな言葉吐いてたらイヤだ)。しかし僕はこの日、こう思った瞬間を、憶えていました。いや正確には、思い出しました。北村薫『リセット』を読んだことによって。

 とにかく、磨きながら考えたんだ。≪毎日やって来る、こんな平凡な瞬間なんて、絶対に記憶に残らないなあ≫と。

〜北村 薫『リセット』

 冒頭の思いがよぎった瞬間はしかし、僕にとって特別な瞬間となりました。歩いていた床のタイルの模様まで思い出せるくらいです。平凡だったはずの時が、特別になりました。記憶は時を歪ませます。

 逆に、大切だったはずの時が、記憶の奥底に眠ってしまうこともあります。

 「絶対に忘れない」「永遠を感じる」「また会おうね」

 定かでない言葉たちです。発せられたときにはそれが不変なものだと感じても、時が移ればやがて変性していきます。消失していきます。そんな言葉たちの嘘を知っていてもやはりその瞬間には信じますし、託します。その瞬間には真実です。ただ、時はその真実を翻し、これら言葉を内包した思い出もまた、記憶の下層に埋もれていきます。忘れる、わけではない。けど、忘れた、という暗示がかかるから、前を向くことができる。そんな効能。

時間がお薬
忘れ物の様に落ちていた恋
日常の中で息づいてたあなたとの日々もなくなるから
あたしも明日に向かって…


〜aiko 「お薬」

 時が経てば忘れることもあるでしょう。忘れた方がいいこともあります。忘れちゃいけないことでも、楽になるために逃げるために忘れることも肯定しましょう。

 この作品には、凝縮された時が流れています。第一部の主人公、真澄が置かれた時代は過酷です。戦時中。未来が見えない。だけどだから、時は輝きながら高濃度で真澄の傍らを通過していきます。そして真澄は時に包まれ、真澄が想いを寄せた人もまた時に包まれ、二人の想いは時を越えます。

 物語には生まれるべき時期がある。

 と、北村薫はこの作品の完成後に言っています。これだけの作品をものする作家にして、物語が語られるべき時を待つ、という行為が必要になってくるのです。時には抗えない。逆に時、来たらば、閾値以上の力が出る、そういうものかもしれません。

 ≪時と人≫シリーズ(当初三部作と呼ばれていましたが、北村氏は続編の可能性もほのめかしています)過去の2作品においては時の理不尽に翻弄された人間が描かれていました。この作品の毛色が少し違うのは、たしかに置かれた時は過酷であったけれども、描かれるのは時に守られる、救われる人間である点です。だから読後感は徹底的に、やさしい。『スキップ』で時の非情と人の強さを知り、『ターン』で時の伏魔と想いの強さを知り、『リセット』で時と人のやさしさを知りました。

 僕はよく「時」について思い、語ります。そこに尊さや怖さが、あるからでしょう。そんな「時」の中に身を置かなければならない。逆に言えば置かれるべき「身」が存在するから時を感じられる。

 「これまでの考え方、つまりニュートン力学では時間と空間は絶対的なものでした。もし、この宇宙に星が一つもなくても、時間と空間とは厳然と存在するものだと考えられてきました。しかし、相対論では違います。物質がなくなれば、時間も空間もなくなってしまうのです」

〜アルバート・アインシュタイン/都築 卓司 訳

 今、僕の周りではだらだらとした時が流れています。今現在のこの環境が、永劫に渡って変わらないという錯覚があります。家族、友人。この関係が不変のものだと感じます。そうではないこともまた、知っている。けれども、常にそれを心して生きてく強さはありません。覚悟も決意も中途半端です。だけど『リセット』を読み終えたとき、少し襟を正したんです。時を大切にしていこう、と思ったんです。時を感じる身、あればこそ。

時はすべてを浄化して
時はすべてを忘れさせ
時はすべてを解決し
時にすべてを押しつぶす

2001年01月24日


. 010121 雪の降る町を思い出だけが。

 野暮用があって、銀座に行ってきました。雪降りしきる銀座。幻想的です。和光の時計台や有楽町マリオンが街灯に照らされ、それらをバックにして雪が通過してゆく軌跡が銀の弧を描いています。地は一面に白。行き交う車も人々も、その寒さのためか普段よりは数が少なく、常ならぬ東京の風景を成しています。"南国"と呼ばれる地方で生まれ育った僕は雪を見るだけでその物珍しさから心踊ります。今日はセンター試験。受験生は大変です。僕が5年前にこの試験を受けた日も、雪が降っていました。そうか、5年も経ったんだね、と感傷に浸りつつ足元に留意しながら歩いていたのですが、そこはかとない違和感がありました。歩を進めながらその違和感の出所を探索し、やがて思い当たりました。股間に、目をやりました。

 チャック全開。

 ま、まあ、いっか(いいの?)。減るもんじゃなし(減ったらヤダ)。しかしながらシチュエーションが台無しです。こりゃまいったぜ。誰にも気付かれないようにこっそりとファスナを上げました。これで安心<なにが?

 そう(前段とつながってない)、卒論が完成したのですよ。うはははは〜。大枠は〆切数日前にできていたのですが、校正の段になって難航を極めることになりました。先輩に目を通してもらうと赤ペンの嵐。赤ペン先生も真っ青(懐かしい)。改訂に改訂を重ねた結果、見事原型、なくなりました。結論。僕の文章、論文に向いてない。

 先輩に指摘されたことで、論文書きの上で欠点となる僕の文章のクセがあらわになりました。修飾が多い。回りくどい。もってまわった表現。ナメている。おっしゃる通り。科学論文で求められるのは冷静な、簡潔な、論理的な文章です。遊びの入りこむ余地はありません。素っ気ない文章を書かなければなりません。例えば、完成した論文中に以下のような段落があります。

 protease Kによる消化を確認し、チューブにフェノールを750μl加え、転倒混和を100回おこなう。15,000rpm、室温で10分間遠心して上澄を新しいチューブに移す。このチューブにフェノール/クロロホルムを加え、転倒混和を100回おこなう。15,000rpm、室温で10分間遠心して上澄を新しいチューブに移す。このチューブに600μlのイソプロパノールを静かに、上に乗せるように加え、2,3回転倒混和して出てきた沈殿をチップですくう。100μlの70%エタノールを入れたチューブに入れ、洗浄する。70%エタノールを除去したのちに10分間風乾し、200μlの1/10T.E.で溶解させ、37℃で一晩静置。以降4℃で保存。

 なんですか、この文章。おもしろくもなんともない。ただ出来事を羅列してあるのみ。しかしこれ以外に書きようがない。これはツライっす。マジっす。オレってイケメンってカンジ?<えっ? マジヤバイ<お前がヤバイ 東幹久<なんのこっちゃ

 え〜っと(破綻したのでいっしょうけんめい軌道修正)、苦手なところである論理的な文章を、しかも知識が大幅に不足している状態で書かなければならなかったので、重労働でした。が、そこそこに仕上がったので満足はしております。こんな風に追い込まれないとなかなか勉強しないし、不得手な方面の文章を書く練習にもなったしね。時が経って、「なんでこんなレベルのことでひいひい言ってたんだろう?」って思うくらいにこれから勉強してかなきゃね。うん、ええことゆうた。がんばれよ<他人事

 これで日記も一周年です。よく続いたもんだ。

2001年01月21日


. 010108 これが卒論提出10日前に書く文章だろうか。

 文章を書いているときというのは、読んだときのリズムというのを意識したくなるわけで、そうするといったん書いた文章を口先で転がしてみて、心地よく読めるかどうかを審査するという作業が必要になってきます。そしてリズムが悪いな、と思った箇所は表現を変えたり、読点の位置を変えたり、前後置換してみたり、あるいはバッサリと削除したりして、文章を整形していきます。文章の内容そのものよりもリズムのほう優先で組み立てていくこともままあります。そんな僕が気に入らない単語がひとつあります。

 モーニング娘。

 この単語。みなさんご存知(のはず)の通り、「モーニング娘」に「。」がついて正式名称です。「モーニング娘。」がひとつの固有名詞。だから文章中に登場させるときには「。」を外すわけにはいきません。ここで問題がひとつ発生します。たとえば次のような文章を見てみましょう。

 今日僕はモーニング娘。が出演しているテレビ番組を見ました。モーニング娘。はいつもの通り元気に歌い踊っていました。その姿を見て僕は幸せな気持ちになりました。僕はモーニング娘。が大好きです。

 文中の「僕」が誰なのかの議論はさておき、この文章を一見して、「娘」のあとの「。」がジャマです。美しくないです。実際に声に出して読んでみると、「娘。」のあとで一瞬声に詰まる感覚があります。日本語を使い始めて以来このかた、「。」は文章と文章の間の区切り、読むときは一拍開けて読む、という作法を習い、疑いなく実践してきていますから、「モーニング娘。」でひとつの単語なのだからこの「。」は意識することはないのだよ、とアタマでは解っていても、視界に入ってきたときに瞬間リズムを乱してしまいます。「モーニング娘。」が文中に登場するたびにその流れを阻害する防波堤のような役割を果たしてしまうので、この単語が多く出現する文章というのは概してリズムが悪くなってしまいますし、自分でこの単語を使う場合にもそのリズムの乱れを念頭に置いて泣く泣く書かなければなりません。やっかいな存在です。そして近ごろ同類の単語が生まれてしまいました。

 ミニモニ。

 また「。」つけやがって、つんくめ。「プッチモニ」はつけてなかったから安心していたのに。油断もスキもない。僕の危惧通り、「ミニモニ。」を登場させる文章もまた、同じ問題を抱えることになります。

 今日僕はミニモニ。が出演しているテレビ番組を見ました。ミニモニ。における矢口の立場って微妙だな、と思いつつ僕は辻と加護の動きから目がはなせませんでした。辻と加護を見ていると自然と穏やかな笑みをたたえてしまうことに気がつきました。また、ミニモニ。が登場すると僕は無意識に録画ボタンを押してしまいます。そのミニモニ。のデビュー曲は17日にやっと発売されるそうですね。それにしてもミニモニ。にミカは必要だったのでしょうか。

 ここでも文中の「僕」が誰なのかは追及しません。あくまで文中に「ミニモニ。」が登場するとリズムが崩れることを示すためのサンプルとして書いたまでです。どうでしょう?読みにくくないでしょうか?誰か賛同してください。ひとりぼっちにしないで。

 かような問題を抱えつつも、やはり「モーニング娘。」「ミニモニ。」を避けて文章を書くことはままならない、という現実があります。そんなご時世。

2001年01月08日


. 010105 強いということ。

 「強い」って、どういうことでしょうか。

 「相手のことを思いやってあげる事のできる人っていうのが強い気がする。
 自分が辛いときに相手のことまで気が回る人」

 と言った人がいました。この定義でなら、僕は強くはないです。辛いときには自分のことしか考えられません。「傷つけるよりは、傷つけられたほうがマシ」とうそぶいていながら、いざという時には自分を正当化し、情に訴え、傷つくのを怖がって、いっぱいいっぱい傷つけてきました。危機における対処法でその人の真実が見えるというならば、僕は汚いし、卑怯だし、臆病です。かっこつけようとして、見苦しくなる。思いやっているようで、なじっている。そんな自己の負の部分を目の当たりにして、悲しくなります。

 だけど。

 僕はそんな自分を、認めます。「ダークサイト」といつか留吉さんが言っていましたが、負の部分に人間らしさを感じます。そしてそれを踏まえたうえで、「きれいごと」を求めます。憧れます。尊いものだと思います。僕がそれを表出させる場は、ずばりこの日記においてです。「実際問題」「現実」にちょっとだけ目をつぶって、きれいで、肌触りのいい言葉を並べていきます。道化てみたり、潔癖を演じてみたり、一途真面目になってみたり。負の部分に手綱を引っ掛け、なだめ、操ろうと試みます。

 この負の部分をコントロールできないと、無闇と自分を傷つけることになります。自虐の言葉が刃となって自己を攻撃します。そしてその刃が実は外にも向いていることも自覚できなくなります。その様を第三者が見たら不快になるかもしれない。怒りを覚えるかもしれない。逃げ出したくなるかもしれない。でも僕はそれも認めたい。その発露に至った思考をなぞり、終着し、納得し、包みこみたい。「負であること」を直視し、ときにそれに流されることも許したい。それがほんとに強いということなのかな。自分の弱さ、他人の弱さ、それを認め、許し、操る。ごまかしでもきれいごとでもいいから。

 強くありたい。

2001年01月05日


. 010103 言葉。

いつか破られる約束が存在するのと同じように、
いつか嘘になってしまう言葉が存在します。
でもその嘘に嘆かないで言葉を嫌いにならないで、
発せられたときの真実を認めましょう。
言葉自身の持つ美しさを慰めにしましょう。

恋の辛さを知っていても恋をおそれちゃいけないのと同じように、
言葉を発することをおそれちゃいけない。
言葉は心を切り裂くことがあるかもしれない。
自分も、他人も。
でもそれを怖がってばかりじゃなにも生まれないね。

歌うたいさんが歌うことをけしてやめないのと同じように、
言葉を発することをけしてやめない。
どんなに辛くても苦しくても、
その日の言葉を発していこう。
その日の真実を残していこう。

言葉の魅力に気づかせてくれた、
僕をここまで導いてくれた、
そんな言葉たちに、
それを発した人に、
ただ感謝。

2001年01月03日


. 010101 あけましておめでとうございます<ベタ(ベタもなにも)

 高校の時の担任が、こんなことを言いました。

「君たちが大学を出るのは2000年3月。2000年代最初の社会人になるんですね」

 ところが僕は大学に入る前に1年間足踏みすることとなりました。社会に出るのも1年間先延ばしです。と、予備校のTAがこんなことを言いました。

「君たちが大学を出るのは2001年3月。21世紀最初の社会人になるんですね」

 ところが僕は大学にしぶとく居残ることとなりました。社会に出るのはとりあえず2年間先延ばしです。2年間で済むんでしょうか。済ます予定ですが、今まで2回、ことが予定通りに運んでいない前歴があるのでいささか心もとないです。

 さて、21世紀とやらになりました。こういう区切りに特別に感慨を抱くタイプではありません。が、自分も踊らなきゃソン、と思ってしまうので心は冷めていながらも浮かれた振りをしてみます。大学講堂前でカウントダウンイベントがあると聞き、行ってみようかなどとも思ったのですが、ぐだぐだしてるうちに機を逃してしまいました。全員にタダで振る舞われるという蕎麦と酒めあてだったんですけど、食いそびれたのが心残りです。20世紀に悔いを残してしまいました(しょぼい悔い。そして微妙に言葉がかかっている。座布団一枚<ベタ)。そういえばここ2年間は家族と一緒に年を越していません。大晦日には寿司・海老・鰤・蕎麦を食べながら酒を呑みながらレコード大賞・紅白歌合戦を見て過ごし、新年を迎えるというのが物心ついて以来の恒例(ベタ中のベタ)だったんですけどね。そしてそれが永遠に続くかのような感覚があったわけですけどね。確実に年は経てなにかしらが変わってきています。

 結局感慨を抱いています。「タイプではありません」「冷めていながらも」などとかっこいいことをホザいていながらも。こりゃかっこわるいぜ。でも人間てそんなもん(あきらめた)。区切りを越えることでなにが変わるということはない。けれども区切りに立つことで気付く変化というのは確実にあります。変わらなきゃと思いつつもその実、心の底では変化を望んでいない自分を認識します。周囲がどんどんと変化してって取り残されてしまう感覚に陥り、焦ります。「置いてかないで」と他者に依願してしまいそうになる自分を戒めます。「おれも歩かなきゃ」。

 自分のペースというのを自覚して、自信をもっていきたいね。

 今年もよろしくおねがいします<ベタ三昧

2001年01月01日



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