■ 2001年7月

. 010729 Take me out to the ballpark.

 野球だ!

 元気な書き出し。元気ハツラツオロナミンC(大塚製薬)

 毎年恒例、前期納会兼野球大会なのである。球技はてんで苦手な僕も、野球ならば人並みにこなせる。好きこそものの上手なれ(上手じゃないけど)。随分と前から楽しみにしていて、バッティングセンターに足を運んだし、肩ならしにキャッチボールもした(気合入れすぎ)。今年は研究室対抗戦となるから意気込みも違うというものである。

 野球をするにあたって、事前に処理しておくべき重要な案件がある。それが、

 守備位置。

 草野球と言えどあなどるなかれ、守備は勝利のための重要なファクターとなる。守備がザルだったら相手の攻撃はいつまで経っても終わらない。適材適所、各人の能力に応じて守備位置を割り振らねばならない。

 さあ、おれの守備位置はどこになるのかな? 目が悪いしフライ取るの苦手だから、外野は勘弁して欲しいね。内野だったらとりあえずどこでもいけそうな感じだね。ゴロを処理するのは得意だよ。左利きだからファーストあたりがいいかもね。コントロール皆無だからピッチャーはご遠慮ね。そういう方向でよろしく頼むぜ、先輩。

 「おめー、キャッチャーな」

 なんでっ。

 「ボール当たっても、痛くなさそうじゃん」

 ・・・いや、痛いんですけど。

 たしかに昨年は顔面にボールが直撃してもうめき声ひとつあげずに淡々と守備をこなした。電気泳動槽に指突っ込んで感電しても一言も発せずして黙々と実験を進行する。そんな場面を目撃されているものだから、このような印象を抱かれていても無理からぬことである。これは僕が 「騒いでもしゃあないことに関してぎゃあぎゃあ言わない」 ことをモットーとして生きているからであって、実際物事に動じない性質だもんだからいつも飄々としている(ように見えるらしい)。受けそこないやファウルチップでボールの直撃を食らったら痛いどころの騒ぎじゃないキャッチャーというポジションに最適だと判断されても仕方がない。だけどさ、おれにだって一応痛覚はあるのだよ(鈍いけど)

 というわけで、キャッチャーであった(逆らえなかったらしい)。こうなったらガタガタ文句は言わない。一球一球に精神を集中させて捕球する。そうさおれは伊東勤(古田じゃなくてね)。ボコボコと腕や腹にボールを当てながらの懸命な守備も実って試合は大勝であった(はしょりました)。満塁から2者を還すライトオーバーのタイムリーツーベースも打ててご満悦。野球って、楽しい。

 連日の猛暑がつかの間の休息をとり、秋を思わせる風が吹き荒れた夏の日。試合後、僕は青空を見上げながら考えていた(おお、なんてわざとらしくカッコいいシチュエーションなんだ)

 野球ができるというのは幸せなことだ、と。

 野球をするというのは存外大変なことである。人数を集めなければならないし、場所を確保せねばならない。それが可能な環境に我が身があるのは幸せなことである。だから野球ができる、ただそれだけで嬉しくなってしまう。





 だがそれ以上に嬉しかったことがあってそれは、

 筋肉痛が当日夜から襲ってきた

 ことである。

 若い!(のか?)

2001年07月29日


. 010726 花火。

 本日の日記は、こちら。

>>>

2001年07月26日


. 010723 実家から更新すんのは大変。

 パイプ椅子に腰をおろしポケットから文庫本を取り出し栞が挟まれてる箇所を探し出し本を開く。

 バイトが休憩時間に入ると僕は即座に仕事の手を止め、この一連の動作を経たのちに本を読み始める。正規の休憩時間のみならず、仕事が一段落して手が空いたらばたちまち同じくして本を読む。これを見咎められるような職場でもないのでそれに甘えて黙々と。こんな僕の姿を見て先輩は、

 「おれ、本読まねえんだよなぁ」

 と、半ば自嘲気味につぶやきつつ、それでもやはり本には興味はねぇよとばかりに目を閉じ、仮眠に入る。いつものバイトの風景。

 「ねえねえ、おすすめの本、ない?」

 先輩が突如こう訊いてきたのは、僕がバイトに入って2ヶ月も経ったころだった。僕が毎度読書に没頭している様を見るにつけ、本を読んでみたくなった、というのである。僕はそんなに楽しそうに本を読んでいるのだろうか。普段、積極的に人に本を薦めることはしないし、本嫌いの人にあえて本を読めなどと言う気はさらさらない僕も、求められたからには拒否するものではない。しばし考えてから、こう答えた。

 「宮部みゆきなんて、どうですかねえ?」

 悪くない選択だと思う。なにより読みやすい。加えて冒頭の数ページ、数行で作品世界にぐいっと引き込むだけの吸引力を備えているので、日ごろ本を読み慣れていない人でもそれほどの苦もなく読み進められるものと思われる。

 「ミヤベミユキ? なに? 有名? どの作品がいい?」

 当代きっての人気作家、ミヤベさんの名前を知らない、なるほどこれほどに本を読まない人なのである。だけど一般における作家の認知度なんてたかが知れてる、ということを知っている僕は驚かない。僕がサッカー選手の名をてんで覚えられないのと同じことだ。その世界でいかに有名でも、興味の対象じゃなきゃ、存在しないのと同じ。そんなもんだ。

 「そうですねえ、本好きの人なら知らない人はいないんじゃないかな? 直木賞も取ったし。 『レベル7』 なんて、面白かったです。新潮文庫から出てますよ」

 「 『レベル7』 ? うん、今度探してみるからさ、メモしてくれる?」

 差し出された紙に< 『レベル7』 (新潮文庫) 宮部みゆき >と書きつつ、僕はこの推薦を早速ながらも少し後悔していた。なぜか。

 長い

のである、 『レベル7』 は。文庫本にして600ページ超、厚さにして2センチはあっただろう。本にほとんど接してきていない人にとってこの長さは酷なのではなかろうか。僕自身が最初に読んで、ミヤベさんにハマったきっかけとなった作品だから思わず推挙してしまったが、誤りだったろうか。ウォーミングアップとしては 『魔術はささやく』 や 『龍は眠る』 、もしくは短編集あたりがよかっただろうか。変則的な 『火車』 『理由』 、あるいは時代物を選択しなかったあたりは賢明だけど、それにしても 『レベル7』 は長いよなあ。ていうか 『模倣犯』 が読みたいな(悩み方がマニアックです)

 こんな僕の心配は翌日、その何割かが的中することになる。バイトが始まり、僕と顔を合わせるやいなや、

 「おいおいおい〜、あれ、厚いよ〜、長いよ〜」

 と、苦笑しながら彼は言う。 「そ、そうですよね〜。すいません〜」 との僕の言葉を待たずして、

 「まあ、がんばって読んでみるよ」

 「おおお、買ったんですね」

 「ま、ね。小説なんて買ったのいつ以来だか記憶にねえよ」

 この日から、休憩時間に僕同様おもむろに文庫本を取り出して読書にふける彼の姿が目撃されることとなる。僕は推薦した手前、楽しんでくれているのかが気になるところであった。 「おれ、本読むの遅いから」 との言葉どおり、外野の僕がじれったくなるくらいに進度は遅いけれども、どうやら没頭してくれているようだった。途中で挫折するんじゃないかとの危惧もあったが、こちらは杞憂であった。

 2週間後。

 「あと6分の1」

 誇らしげに彼は言った。

 「おっ、じゃあもう、ふたつの話がひとつに融合していって、謎が少しずつわかり始めてきたとこっすね?」

 「うんうん、いやあ、引き込まれるねえ、これ。面白いよ。映画にしたらいいんじゃない? あ、でも2、3時間じゃおさまんないから、連続ドラマのほうがよさそうだね。誰かやったらいいのに。これ読み終えたら次も挑戦するからさ、またおすすめ教えてよ」

 まくしたてる彼に圧倒された。

 さらにまた数日。

 彼の手にある文庫本を盗み見ると、もう佳境も佳境、あと数ページで読了、というところに栞が挟まっていた。僕の視線に気づいた彼は、30過ぎの顔を無邪気にほころばせて言った。

 「や〜、最初にいいモンに出会ったなあ。よかったよ」

 いや、おれもうれしいっすよ、先輩。

2001年07月23日


. 010717 伝えること。

 スナック菓子に未承認の遺伝子組み替えじゃがいもが用いられていたという事実が続々と発覚。「じゃがりこ」 も 「プリングルス」 も 「ポテロング」 も。コンビニのレジ前には、

 <当店で扱っている 「じゃがりこ」 は○日以降に製造されたもので、未承認遺伝子組み替えじゃがいもは使用されていないことが確認されております。>

 との張り紙が。大事ですね。日本は審査が甘甘ですから、知らず口にしている可能性は大いにあります。「人体に影響はありません」 と宣言されたところで、避けたくなるのは人情というもの。ここまで遺伝子組み替え作物が禁忌されるようになってしまったのは、最初の(そして今の)伝え方が下手だったからなのでは、と思います。

 卒業研究で毎日毎日毎日毎日遺伝子を切って貼って切って貼って切って貼って切って貼って切って貼って読んで読んで読んで読んで読んで・・・だあああああああああああ!!! と、遺伝子組み替えのお仕事が日常だった僕は、遺伝子組み替えがそんなに大層なことではないことを知っています(麻痺してるとも言えます)。だけど一般にとっては、「遺伝子」 というのはやはりブラックボックスで。その 「遺伝子」 が 「組み替え」 られたものを 「摂取する」。これに抵抗を感じないはずがありません。だから 「遺伝子組み替え作物」 が世に出るときには、これが 「どういうものか(what)」 「どうやって作られるのか(how)」 「どうして人体に影響がないと言えるのか(why)」 ということを伝えなければなりませんでした。わかりやすく、正しく。それが(日本においては)過度にセンセーショナルに、不適当なキャプションを付されて、紹介されました。このことが 「怖い」 という第一印象をもたらしてしまいました。

 出発時の踏み外しの影響が今に及んでいます。未承認のまま用いる事態が続発しているのもマイナス材料です。イメージはどんどん悪くなってゆく。現状を反転させて、「遺伝子組み替えなんてたいしたことない」 という認識を一般に普及させることが、認知してもらうための第一歩となります。遺伝子の価値、重要性を、いい意味で貶めてしまうわけです。敷居を低く。

 遺伝子組み替え作物がこれから幅をきかせてゆくこと。これは現実が要請するものであり、そうならざるを得ないでしょう。普及にあたっては、正確な情報に基づいて、広く安全性を訴えていかなければなりません。それもわかりやすく。開発者、あるいはそのそばにいる者、紹介する役割を担う者は、ここに執心していくべきですし、この能力を身に付けなければなりません。承認されたとてダークイメージを持たれたまま摂取されるのは、彼らとしても悲しいことでしょうから。

 安全性の確認は当然大前提です。科学者、技術者の傲慢不遜油断が悲劇を呼んだ例は過去に、現在に、数限りなくあります。

2001年07月17日


. 010713 蜻蛉と蟋蟀。

 関東地方に梅雨明けが宣言された次の日。とはいえ今年の梅雨は 「すみません、体調悪いので今日は休みます」 と言ったきり次の日からは連絡なしに休むようになり、いつの間にかフェードアウトしてしまった学生アルバイトのごとく怠惰で失礼千万なヤツだったので、「宣言」 とかう大仰な物言いはどこか滑稽に思えた。昨日となんら変わらぬ雲ひとつない青空。太陽が存分に勢力拡大を図っていた。

 こんな日の真昼間に、僕は自転車を走らせて銀行に向かっていた。通帳の繰越手続きとかいう、なんら本質的意味のない事務手続きをするためだ。ひどく不規則な生活を送っている僕は昼日中にこうして精力的に野外活動すること自体が珍しく、アスファルトからの容赦ない照り返しは抵抗力の落ちている僕の身体を、イチローのスイングのような確実性でもって打ち貫いた。

 銀行脇の日陰に自転車を停める。「自転車放置禁止区域」 とかいう看板が出ていたが、ものの10分の話なので勘弁していただきたい。冷房の効きすぎた屋内の空気は身体中の汗を急速に冷やし、熱を奪った。行員の案内に従って新しい通帳を発行する。日中にわざわざ出向かなければならなかったことに対し憤りを覚えるくらいにあっけない手続きである。扉を開けた瞬間に襲ってくる熱と光に瞬間たじろぎ、歩を進めるごとに体表にじわりじわりと再生産される汗を感じながら、自転車を停めた場所に戻った。

 ハンドルに、蜻蛉が止まっていた。

 緑銀の胴体に薄茶がかった透明な羽が4枚、伝統工芸品もかくやという精密さと危うさで接着されていた。この羽は風に揺れ、尾はときおりクイックイッと動き、それだけが時間の存在を保証してくれる、そんな光景だった。都会のど真ん中にあっては、蚊やゴキブリのようなふてぶてしい生命力をもった連中はともかくとして、こんな優雅な虫を拝むことはそうない。蝶々なんぞ見たことないし、蜻蛉に出会ったのも、記憶にある限りでは初めてのことだった。僕は蜻蛉を驚かせないようにゆうっくりと自転車を動かし、やがて飛び立った彼に光が射して光沢が一層の輝きを見せた後姿を見送りつつ、ペダルを踏む足に力を込めた。

 さて、と・・・。

 「蜻蛉」 が読めなかった人、正直に挙手。

 ・・・はい(←正直)

 はぁい、正直者ですね。おりこうさんです。大統領になれますよ。いや僕、自分で変換して驚きました。「とんぼ」 って、漢字でこう表記するんですね。知りませんでした。昔は知ってたかもしれないけど、忘れてました。『蜻蛉日記』 は藤原道綱の母。このときの読み方は、「かげろう」。

 蜻蛉。

 漢字で表記すると趣ありますね。「とんぼ」、「トンボ」。ひらがなもカタカナも、それぞれに異なった印象与えますけど。

 蟋蟀。

 こちらは 「こおろぎ」。他に 「蚓」 「促織」 「趨織」 とかいう表記もあります。こうして字面を見たときに、なんとも言えぬ優美さと深遠さを備えているのは、やはり漢字ですね。字義に照らして読み解いていくと、秘められた意味にぶつかってうれしくなります。例えば 「蟋」 は形声文字で、つくりの部分の 「悉」 は 「シツ」 と読み、これは羽の音を意味するとか。表意文字であるところの漢字の本領発揮。

 漢字の本場中国だって、漢字の簡略化が進められ、「簡体字」 と呼ばれるものが生まれました。これ、書くのも覚えるのも楽なんですけど、漢字の成り立ちとか歴史とかを考えたときに、これらをぶっ壊して便利さを選択した、と思うと複雑です。漢字が残存し、ひらがなやカタカナを生み出し、これらが文章にしたときに絶妙のバランスでちりばめられる日本語というのはなかなかやりますね。ローマ字やハングル文字を徹底した機能美とするならば、日本語に使用される文字たちは無駄や煩わしさとともに趣やデザイン性を今に残す構造美でしょうか。書くのがめんどくさくったって、読めなくったって、漢字を用いる言語圏に身を置くのならば、その面白味や美しさを吸い出していきたいなと。

 蜻蛉、蟋蟀。夏から秋にかけて現れ消えます。今は夏の盛りですが、その向こうにはすでに秋が透けて見えます。盛りだからこそ、次の予感があります。この暑さも今なればこそと思えば、少しは耐えられるでしょうか。

 暑いものは暑いよ、キミ。ムリ言っちゃいかん(突っ込まないでは終われませんでした)

2001年07月13日


. 010708 無駄に長編になりました。

 Yonda? CLUBというのをご存知だろうか。新潮文庫の販促キャンペーンの名前である。書店でパンダのキャラクタ、Yonda? 君を目にしたことがある人も多いだろう。

 文庫のカバー折り返しについている応募マークを集め、用紙に貼って送れば、枚数に応じた商品がもらえる。缶コーヒー、ビール等のキャンペーンと異なり、「必ずもらえる」 というのが最大のウリであった。商品ラインナップは次の通り。

5冊 

Yonda? カンバッジ

10冊 

Yonda? キーホルダー
Yonda? ビデオ
Yonda? マウスパッド

20冊 

Yonda? レターセット
Yonda? リストウォッチ
文豪リストウォッチ(夏目・太宰・川端・カフカ)

30冊 

Yonda? キャラクター人形
Yonda? トートバッグ

100冊 

文豪カップ&ソーサー
Yonda? ぬいぐるみ

 このキャンペーンが始まったのは99年4月。当時の僕は決意した。

 「Yonda? ぬいぐるみを我が手に」

 見よ、この心意気(でもぬいぐるみ)。応募マークを100枚集め、見事商品を手に入れて見せようぞ(でもぬいぐるみ)。男なら目指すは頂点(でもぬいぐるみ)

 月日は流れ今年3月。この月をもって足かけ2年に渡ったYonda? CLUBキャンペーンも終了である。書店の新潮文庫コーナーには 「急いで応募!」 の文字。締め切り間際まで粘っていた僕も収穫のとき、来たりということを知り、手持ちの新潮文庫を総動員して応募マークを切り取っていった。「おうおう野郎ども、集え集え、切ってくらわしてやっから」 てなもんである。部屋にあった新潮文庫は69冊。つまり応募マークは総計、

 69枚。

 足りない。

 いやいや待て待て、落ち着け。たしかに100枚に足りなかったことは悲しいだろうさ。でもな、悲しがってばかりじゃ何も始まらない。ここはしっかりと現実を見据えるんだ。今、手持ちの69枚で自分に何ができるか。それを考えるんだ。すべてはそこから始まる。なあに、人生に挫折はつきもの。望むものが手に入らないことだってある。だからと言ってそこですべてを捨てるのかい? それはおろかなことだよ。肝心なのはな、常に前を見ること。自分の持てる力を知り、見極め、今、できることから誠実にこなしていくことさ。これができるかできないかで、人間の価値は決まると思うよ。な? だから涙をお拭き。

 そうだ、泣いてるヒマはない。69枚で何ができるか。それを考えよう。もう一度商品ラインナップを見返し、熟慮したのちに次のような結論に達した。

  • Yonda? トートバッグ(30枚)
  • Yonda? リストウォッチ(20枚)
  • Yonda? マウスパッド(10枚)
  • Yonda? カンバッジ(5枚)

 計65枚を消費して、以上の商品に応募する。ぬいぐるみには手が届かなかったが、これだけのYonda? 君グッズが手に入るものならば、もう悲しむまい。人間、足ることを知ることが肝要なのさ。こう言い聞かせ、応募マークを貼った用紙を投函した。

 さらに月日は流れる。6月末から7月初頭にかけて、商品が続々と僕の元に届いた。この文章を書いている右脇に鎮座ましますYonda? マウスパッド。お出かけのときには腕にYonda? リストウォッチを忘れずに。Yonda? トートバッグを肩から下げてね。そして胸元に光るYonda? カンバッジ(ウソです)。これだけのYonda? 君に囲まれて、僕は幸せだ。見よ、このYonda? 君マニアの男、24の部屋を(あっ、逃げないで)

 たまらない魅力で僕を虜にしてくれたYonda? 君よ、ありがとう。本を買うことの悦びを教えてくれたYonda? CLUBよ、ありがとう(キャンペーンにまんまとハマってくれた人発見)





 が、話はこれで終わらない。

 先日、新潮文庫の新刊 『拝啓、人間様。 長渕剛詩画集』 を購入し(ファンだからね)、ぱらぱらとめくっていた僕は、間に挟まっていた一片のチラシに目が止まり、驚愕した。

Yonda? CLUB 新装開店のお知らせ

 あん?

 手を震わせながら精読する。

すっかり読書好きの定番になった、
「必ずもらえるYonda? CLUB」。
しばらくお休みをいただいていましたが、
このたび、リニューアル・オープンの運びとなりました。
「読めば必ずもらえる」 という最大の特徴はそのままに、
グッズ類はえいやっ!とパワーアップ。
文庫ビギナーからYonda? マニアまで、
みなさんの読書欲をますますそそr・・・・・・

 ぱさっ(ショックでチラシを落とした音)

 100冊の商品は前回に引き続きYonda? ぬいぐるみ。

 おい。

 すぐに再開するなら先に言え。

 おれは休みをやったおぼえはねえぞ。再開するとわかってたんなら応募マークはストックしておいてだな、今回に回すよ。あと31枚で100に到達だったんだよ。それをおれは泣く泣く小物4点に分割したんだよ。また1・・・じゃなくて4からのスタートだよ。どうしてくれんだちくしょうこのやろう泣くぞ。

 おれはぬいぐるみのために日夜飲まず食わずで読書に励んできたんだよ(ウソです)。おれはこの2年間新潮文庫しか買わなかったんだよ(ウソです)。おれは来る日も来る日もYonda? 君のことを想ってだな(ウソです)。おれはおれはおれはおガスッ ピーーー ザーーーーーーーーー(マイク壊れました)

2001年07月08日


. 010705 24。

 24。

 約数が多いです。1、2、3、4、6、8、12、24とほら、8個もある。割り切れるヤツです。性格、かなりいいと思われます。

 24。

 壷井栄 『二十四の瞳』 という作品がありますね。映画化、舞台化もされたのでたいへん有名です。これ、 「二十四」 だったからよかったですね。『八百五十七の瞳』 だったら、目、多すぎですね。気持ち悪いですね。なんで奇数なの。一つ目小僧発見(三つ目小僧でも可)

 24。

 この数字で真っ先に思い浮かべるのは、中畑清なんですけどね。元読売巨人軍の背番号24。ヤッターマンと呼ばれた人気者。背番号24で高橋由伸を思い浮かべる人。若いですね(まさに)。大森剛や石毛博史を思い浮かべる人。通ですね。ひねくれ者かも知れません。カステヤーノを思い浮かべる人。狙いすぎ。

 24。

 おっと西武をさしおいて、巨人の話なんかしてしまいました。ファンにあるまじき所業でした。失敬。西武ライオンズの背番号24と言えば、平野謙。バントはおまかせ。そしてもう一人、秋山幸二。400本塁打・300盗塁の男。え? 秋山の背番号って、1だったじゃん、ですって? 甘いですね。清原和博の入団2年目に、24から1に変更したんだぜ。清原の背番号3とセットで、ONを髣髴とさせるAKコンビとして売り出しにかかったんだね。ちなみに入団当時の背番号は71。出世したね。誰も聞いてないね。

 24。

 僕はザ・ドリフターズのメンバーの中では、仲本工事が好きでした。長介、茶、ブー、けんというキャラクタの強いお歴々の中にあって地味なのか、目立たないのか、キャラ負けしてしまうのかと思いきや、実は欠かせない謎の存在感。黒ブチ眼鏡の風貌から知性派なのかと思わせておいて体育会系というフェイント。幼少のころの僕が惹かれていたのはこの意外性です。雷様のコントも、博士と助手のコントも、彼なくしては成り立ちません。ドリフに工事あり。工事なくしてドリフなし。グループにおける彼のようなポジションに、僕は憧れるところであります。そんな彼の誕生日は僕といっしょ。彼は今日で60歳。還暦ですね。おめでとうございます。

 24。

 ハタチ過ぎてから今まで、何の気なしにとん、とん、とん、と歳を重ねてきましたが、23から24になるのって、自分でも意外なくらいに感慨がありますね。23て、10代を引きずってるイメージだったんですけど、24となるともう20代にどっぷり浸かったイメージ。「おおなんだ、もうここまでやって来たんだね」 と。このような感覚って極個人的なもので、それぞれに 「思い入れのある年齢」 ていうのがあるんでしょうね。「性差もあるよ」 と言った人がいましたが、さもありなん。24という年齢一つとっても、男と女とじゃとらえ方が違いそうです。自分自身について考えてみると、なんとものんびりもたもた歩いてる24だな、と思うのですが、これからもこんなペースでやっていくんでしょう。今はまだ 『何者でもない』 けれども。

 というわけで、24歳になりました。

2001年07月05日


. 010701 怒る。

 かっこよく怒れる人っていいな、と思うんですよ。

 怒る、とまではいかなくても、批判できる人。

 何も社会だとか体制だとか、大きなことを相手にするわけじゃなくて。日常の誰かの行為に、事象に、「的確適切な」 怒りや批判の言葉を吐き出せる人がいる。その姿は見ていて爽快です。

 「怒る」 という感情は、ベクトルとして正なんでしょうか、負なんでしょうか? 微妙です。「笑う」 を正、「泣く」 を負としたときに、「怒る」 はどちらに振れるのか。「かっこいい怒り方」 に対して 「醜い怒り方」 というのがありますね。見ている人は不快になる一方で、怒りの発信者自身の価値を、悲しいかな貶めてしまう類の。このようなときの 「怒る」 は、負のエネルギーを発しています。ですが 「愛情の裏返しとしての」 怒り、あるいは 「感情に流されない論拠の確かな」 批判というのは、聞いていて膝を打ちます。トゲはある、けれどもそれはただむやみに痛いわけじゃなくて自分の心に刺さることもまた心地よし、と思える。このような 「かっこいい怒り方」 には、正に向かうエネルギーがあります。匙加減を少し誤ると針は突如として反対に触れ、醜いだけになってしまいます。こんな危ういバランスの上にある感情ですから、かっこよく怒り、批判できる能力は貴重です。

 自分はどうでしょう。怒ることが苦手です。批判する言葉が出てきません。振り返ってみても、感情に任せて声を荒げたことがありません。キレたことがありません。そもそも怒りの感情に包まれた経験がありません。こうして全否定形で列記するとウソ臭いかも知れませんが、事実僕はそうです。記憶にある限りにおいては、「ない」 です。

 もちろん生活してれば、「怒るべき場面」 に日々遭遇します。「批判すべき対象」 はごろごろしてます。「怒るべきだ」 「批判すべきだ」 ということは、「わかる」 んです。でも、「できない」。「わかる」 ということと、「できる」 ということは別だということです。できる・できないで論じることじゃない気もしてきました。

 「怒り」 としては発現しない感情を、僕は 「諦め」 や 「無視」 という方向に処理してるんですね。言い方を換えれば、「逃げ」 です。怒ることで壊れるものがあるし、痛むものがある。こういったことを過度に恐れた結果の、逃避。なぜ怒らないのかを野暮に説明してみると、こうなります。

 温厚温和という耳にやさしい言葉で評価され、それはそれで自分の特質として認めていますが、大切な感情をひとつ欠落させてるんだよな、とも思うのです。

 takkaさんの日記を読んでるとね、かっこよく怒ってるな、批判してるな、と、憧れを抱きます。「怒りたい」 というのも変な話ですが。

2001年07月01日


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