051023 衝撃が呼んだ記憶 [競馬]

 高校の修学旅行の行き先は東京で、3日目が自由行動だった。

 僕らの班は何の迷いもなく、朝一から府中にある東京競馬場をめざした。担任に事前に提出した予定表では、府中市美術館に行くことになっていたのだけれど。わざわざ 「競馬場」 なんて正直に書いて目をつけられたくはない。 「自由」 と言いつつ別に自由じゃないことはみんな知っていたので。担任も担任で、 「男子高校生5人組が美術館」 だなんて絵にならない話を信用していたとは思えない。

 京王線新宿駅に着いて、はたと困った。どうやら 「特急」 「準特急」 「急行」 「快速」 「各駅停車」 と、いろんな種類があるらしい。特急やら急行やらに乗ると特別料金を取られちまいそうな気がしたので、各駅停車に乗った。たっぷり1時間近くかかった。

 平日。開催日ではないので、競馬場の周りは閑散としていた。場内に入ってターフを眺望することを夢見ていたのだけれど、門扉は閉ざされていて、すごすごと引き下がった。たとえ開いていたとて、学ランの僕らが入場するにはおおいに勇気を必要としただろう(未成年者も、入場するだけなら可)。

 たとえ入場できずとも、競馬場の周りにいる、というだけで僕らは興奮していた。僕は、 「最初で最後の府中になるかもしれん」 と、目を見開いて風景を記憶しようとしていた。当時の僕は関西の大学に進学する希望を抱いていて、将来東京に住むことになるだなんて想像すらしていなかった。

 競馬場周辺の空気を存分に吸い込んで、その勢いのままに僕らは隣接するJRA競馬博物館に入ってみた。入場無料なのがうれしいじゃないか。

 世界の競馬の歴史をふり返る展示はちょっと退屈だったけど、名馬、名レースをビデオで見ることができるブースは、僕らを引きつけた。また、 「ライディング・ビジョン」 とかいう、ロボットの馬にまたがって騎乗体験できるコーナーは、僕らを喜ばせた。順番に背に乗り、ジョッキーよろしく鞭を振るうマネをしたり、ウイニング・ランをイメージして右手を高く突き上げてみたりした。この年ナリタブライアンという馬が、この東京競馬場でダービーを圧勝していた。新鮮な記憶に忠実に、気分は南井克巳騎手。

 ああそうだ、さっきから僕ら僕らと言ってるけど、この5人中ひとりは競馬に何の興味もない男で、退屈だったろうにずーっと付き合ってくれていたのだった。貴重な自由時間の半分以上を。悪いことしたなあ。

 ミュージアム・ショップで下敷きを買って、帰路。途中で急行だか特急だかに乗り換えることができるようだったので、おそるおそる乗り換えてみた。何のことはない、別に特急も各駅も料金は変わらないのであった。30分くらいで新宿に戻ることができた。なんだこの差は。朝、1時間もかけてしまったことが悔しく、もったいなかった。

 京王線新宿駅をたびたび利用する現在の僕は、改札を通るたびに、そして特急・準特急・急行・快速・各駅停車、どれに乗ればいいのかを逡巡するたびに、このときのことを思い出す。さらにナリタブライアンに続く三冠馬が誕生した今日も、思い出したのであった。

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