060627 彼はどこまで強いのか [競馬]

 第47回宝塚記念でディープインパクトに騎乗し、完璧な勝利を収めた直後のインタビューで、武豊 (たけ・ゆたか) はこう問われた。

 「前走 (第133回天皇賞) 後に、武さんは 『ディープインパクトは世界一強い』 と言われましたが、その思いに変わりはありませんか?」

 武は、落ち着いてこう答えた。

 「いや、ボクはそう表現したおぼえはないんですけどね。 『この馬以上に強い馬がいるのかと思う』 と言ったはずで」

 この切り返しと、表現の適切な修正が、すばらしい。

 武が、ディープインパクトを指して 「世界一の馬」 と評することは、いまならば許されるかもしれない。少なくとも日本国内において。しかも、宝塚記念を完璧な競馬で勝ち切った直後に、である。多少の舞い上がりは、許容される状況にあった。

 にもかかわらず、武は冷静に修正した。 「ディープインパクトは世界一強い」 などという新聞の見出し映えする表現が、自身の発言としてひとり歩きすることをよしとせず、 「この馬以上に強い馬がいるのかと思う」 という、個人的かつ素朴な疑問にスケールダウンさせた。

 このスケールダウンにより、しかし武の、大きく言えば日本の騎手全体の、品位は保たれたように思う。

 「世界一強い (と思う) 」 と 「この馬以上に強い馬がいるのかと思う」 とは、同義のように思われるかもしれない。だが前者が、他の競走馬およびその関係者に対する配慮を欠いているのに対して、後者はあくまでも一騎手としての感想の枠内にとどまっていることにより、他者への配慮が逆に際立つ表現となっている。

 勝者が 「オレって強くね?」 と尊大に振る舞うことは、競技によっては魅力のひとつになり得るのかもしれない。だけど、こと競馬においてそうした言動は、ミスマッチに思われる。勝利をもたらす要素として、プレイヤーとしての人馬のみならず厩務員や調教師など、他のスタッフが果たす役割も大きい競技であるからかもしれない (もちろん、どの競技だって大なり小なりそういう側面はある) 。

 繰り返しになってしまうけれど、先日の宝塚記念の直後に、武が 「ディープインパクトは世界一強い」 と言い切ってしまったところで、国内から異議が唱えられることはほとんどないと思われる。しかし後の世から冷静に振り返ってみたときに (たとえば、あまり考えたくないけど凱旋門賞で惨敗を喫してしまった場合に) 、傲岸不遜な態度だったと受け止められるおそれはあった。興奮に口を滑らせてもおかしくない場面でそれを防止し、修正を加えた武の姿勢に、ただただ感心してしまった次第である。

 加えて、現在の日本競馬におけるみずからの立ち位置に自覚的な武のこと、 「あの武豊」 が 「この馬以上に強い馬がいるのかと思う」 ことが、世間にどう認識されるのか、その効果もまた考慮に入れての発言ではなかったろうか、と想像する。ディープインパクト、どれだけ強いんだよって話だ。そこがまた、巧い。

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