060831 ピッチャー、語呂 [随想]

 ハンドタオルだったら、僕だって使ってるわけですよ。

 なのになぜ、僕は 「Ranaちゃん」 とか 「王子」 と呼ばれないのか。

 「ルックスが違う」 と言われてしまったら身も蓋もないのですが、少なくとも僕は彼より確実に10年以上長く、ハンドタオル (広義の 「ハンカチ」 含む) を愛用しているはずなのです。小学一年生のときに母から、そして担任の先生から、 「ハンカチは左ポッケ、ポケットティッシュは右ポッケ」 と口うるさく注意され続けたおかげで、長じた今、僕の左ポケットには毎日ハンドタオルが収まっています。幼きころの習慣とは強固なものです。

 しかし周りを見渡してみると、ハンドタオルを常備している男性は決して多数派ではないように思われます。トイレなどで手を洗ったあと、エアータオル (ジェットタオル) を使うでもなくプルンプルンと手を振って水しぶきを散らす人、ぞんざいに上着でぬぐう人、こうした人々をけっこう多く見かけます。

 このような仕草をして 「男らしい」 と見る向きも、ひょっとしたらあるのかもしれません。恋人から 「しょうがないなあ、はい、ハンカチ」 なんて手渡されちゃうシチュエーションも、それはそれで捨てがたい。ちまちまとハンドタオルで手を拭いている自分のことを、 「人間としてスケールがちっちゃいのではないか」 と思ったこともあるくらいです。本当です。

 しかしながらここにきてハンドタオルの地位、急上昇です。大多数の高校球児が、流れる汗をユニフォームの袖で拭うなか、おもむろにハンドタオルを取り出した彼の所作は、たしかに目を引くものがありました。おまけに選手としてのパフォーマンスもすごいときています。やがて社会現象にまで到ったのは、みなさんご存知のとおり。ハンドタオル愛用者のひとりとしても、溜飲を下げた現象でありました。

 さて、この現象のなかで僕がひとつ気になったのは、 「ハンカチ」 と 「ハンドタオル」 の表記の別です。彼が使っていたのはたしかに 「ハンドタオル」 だったのですが、報道のなかで 「ハンカチ」 と表記、紹介されていたケースも多くありました。この両者を、混用してしまっていいものなのでしょうか。まず 「ハンカチーフ」 「タオル」 について、辞書で調べてみました。

ハンカチーフ [handkerchief]
正方形で小形の手ふき。ハンカチ。ハンケチ。

タオル [towel]
織物の片面または両面に輪奈 (わな) を織り出した厚手の綿織物。タオル地。

 ハンドタオルは、 「ハンディ (持ち運びのしやすい、携帯用) タオル」 と考えていいでしょうから、タオルの一種にほかなりません。ここであらためて気づかされたのは、 「正方形で小形の手ふき」 とされるハンカチーフ、すなわちハンカチは、ハンドタオルをも包含する大きな概念であったということです。

 僕のイメージとしては、ハンカチはなめらかな表面をもつもの、ハンドタオルはその名のとおりタオル地のものとして、二者には明確な区別があるものと考えていましたので、今回 「ハンカチ」 とも 「ハンドタオル」 とも呼ぶ報道に、少しの違和をおぼえていました。が、それも払拭です。 「あれ」 は、 「ハンドタオル」 であると同時に 「ハンカチ」 でもあったのです。

 基本的な理解ができたところで、次の疑問です。ではなぜ彼は、 「ハンカチ王子」 と呼ばれるようになったのか。 「ハンドタオル王子」 ではいけなかったのか。

 記憶している限りでは、彼に注目が集まり始めたころ、 「あれ」 は 「ハンドタオル」 とのみ、呼ばれていました。それが次第に 「ハンカチ」 率が高くなり、やがては 「ハンカチ王子」 という素敵ニックネームまで生まれてしまいました。現象の沸点に到っては、 『週刊朝日』 の表紙にも堂々活字が躍りました。これがなぜ、 「ハンドタオル王子」 ではなかったのか。

 それはただただ、人口に膾炙するにあたって 「ハンドタオル」 では語呂が悪かったからだろうなあ、と推測します。6文字で濁音も混ざっている 「ハンドタオル」 よりも、4文字で清々しさがある 「ハンカチ」 のほうが言いやすいし、文字ヅラもきれいです。

 また、 「ハンカチ王子」 が4文字+3文字の計7文字でリズムよく発声できるのに対して、 「ハンドタオル王子」 ではいかにも長ったらしい。かつ 「ハンドタオル」 そのものがもつなんとなーく野暮ったいイメージを完全に拭うことはできていませんから、彼の爽やかなルックスにそぐわないでしょう。

 哀しいかな、ここまでがハンドタオルの限界でした。ハンドタオルの歴史上、これほどまでに人々が口々に 「ハンドタオルハンドタオル」 言い続けた日々はなかったはずです。まさに我が世の春であったことでしょう。しかし最後の最後、時代を切り取る鮮やかなコピーは、 「ハンカチ」 に持っていかれてしまいました。 「実際に使っていたのはタオル地のハンカチ、すなわちハンドタオルだ!」 なんて記憶はやがて朧になりますし、後世の人々にとっては 「ハンカチ」 と 「ハンドタオル」 の違いなんてどうでもいいことでしょう。語り継がれていくのは 「ハンカチ王子」 というコピーのみです。

 僕も愛用者のひとりとして、ハンドタオルの地位向上を喜びながらも、力およばず時代の顔とはなり切れなかったその部分に、わずかな悔しさをおぼえる次第です。

comments

私の学校では
右にハンカチ、左にティッシュでした。

  • by Q
  • at 060831 18:34

Qさん>
逆! これはカルチャーショックです。どっちが多数派なのか。
といいますか、そもそも手を洗わない男子、これも多い。
目撃するたびに軽くショックです。

  • by Rana
  • at 060901 22:47
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