070510 盗まれる [随想]

 再び転職の話からはじめるのだけれど、転職を後押しした動機のひとつに、 「盗みたい」 という欲求があった。

 「すわ、Ranaさんに窃盗癖が?」 という話ではなくて、もっと多くの人々がいる職場で、上司や同僚の仕事ぶりを見て、編集やライティングの技術を 「盗みたい」 という話である。

 仕事、その他の技術を伸ばすとき、有効な手段として上位に挙げられるのが、他人を見て、盗むことであろう。手取り足取り教わること、言語化されたマニュアルを読むこと、これらももちろん有効だけれども、より早く、より高く、技術を身に付けたいと思うのならば、やはりひたすら周囲の人々の仕事を観察し、マネし、吸収することを心がけたい。

 前の職場では同僚はひとりきり、多くとも2人で (社員が僕だけだった時期もある) 、かつ仕事内容もそれぞれ異なっていたものだから、盗もうにもその対象はおのずと制限された。 「研修」 なんて望むべくもなく、入社当初から取材先にはひとりで行かされた。 「この世界はそんなもんだよ」 という達観を交えた助言は、少しだけ鼻につく。そもそも 「この世界」 ってなんだ。そこまでの特別性を、よしんば備えた仕事だとしても、断言するのは違うのではないか。 「編集って、これでいいんかなあ」 と常に首をひねりながら、仕事をしてきた。

 そこで、 「これでいいのだ」 と自信をもって言い切れる性格ならばよかったのだけれど、僕はそうではない。自己流のみで仕事をこなしていくのもいいけれど、それだけというのもなんだかなあ。こうして 「やっぱ、他の人々の編集っぷりも見てみたいよね」 という思いが募り、背中を押した。

 で、新しい職場。僕は盗みまくっている。原稿依頼の交渉術とか、制作進行の管理法とか、文章添削の要点とか。10人いれば10の方法がある。こうした技術は各々の性格に拠る部分が大きく、そっくりそのまま自分に適用することはできないのだけれども、 「僕ならばこうする」 という観点で、自分の技術を深めたり広げたりすることはできる。

 同時に、僕は盗まれてもいる。顕著なのが、僕の1ヵ月あとに入社してきた隣の席の同僚に。彼の最近の仕事の折々に、 「あっ、マネされてる!」 と感じる。わかりやすい例が、電話の応対。僕は尊敬語・謙譲語・丁寧語の使い分けにけっこう律儀で (律儀すぎるほどに) 、バカ丁寧な電話応対をするのだが、それを確実にマネされている。 「左様でございますか」 なんて言葉が感染しているのを聞くと、微笑ましい。現在の職場で電話応対する相手はおカタイ機関が多いので、バカ丁寧はそれなりにウケがいい。

 盗み盗まれ、技術は蓄積されていく。人が多い環境を忌避してきた僕であるが、こうした利点はあるんだねと、考えを少しあらためたところである。

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