031022 近況 [日常]

 学生時代、毎日のように顔をつき合わせていた友人たちとも卒業以後はめっきり疎遠になり、それこそ結婚式級のイベントでもない限りは連絡を取ることもなくなってしまっている。

 ただ、そんな彼らの近況を知ることができる場所が、僕にはある。行きつけていた定食屋がそれだ。たとえば7限目のゼミが終わって辺りはとっぷり日も暮れて、家に帰ってひとり食事の支度をするのも侘しいと感じたようなとき。そんなときに4、5人で誘い合って、

 「メシ食って帰るか」
 「おー、そうすんべ」

 ということで学校からほどない距離にある定食屋の暖簾をくぐり、カウンター席に座るのであった。

 「おー、おめーらか」

 と、店の主人が言う。そして、

 「大盛りだろ?」

 これが二の句であった。いつも同じ定食を注文する僕らは、もはや「いつもの?」とすらも聞かれることがない。「大盛りか、普通盛りか」これが唯一の選択肢だった。

 時が経って。

 依然学生時代と同じところに住んでいる僕は、会社帰りにその定食屋の前を通って、家に帰る。夜遅く、僕が家路につく時間帯には大概店は閉まっているのだけれど、たまさか仕事が早く終わると、昔と同じく学生たちで混み合っているその店の前を通ることになる。

 たいていは横目でちらりと店の中を覗いて、十年一日のごとく中華鍋を振っている主人の姿を確認して通り過ぎるのだが、気まぐれに店の中に誘い込まれることがある。数ヵ月に1回程度のことだけど。

 「おー、ひさしぶり」

 決して愛想のよいわけではない主人に、そう言って迎えられる。そしてやっぱり、

 「大盛りだろ?」

 と、こう言われるのだった。食欲のさかりを過ぎ、正直大盛りを平らげることは少々苦しいことが予想されるのだけれども、それでも、

 「あ、大盛りで」

 勢いに押されてこう言ってしまう。

 友人たちの近況を知ることができるのは、カウンターを挟んで調理中の主人と雑談を交わしている間のことである。

 「アイツは、T大の大学院行ったってなあ」
 「こないだ引っ越した彼、おととい食いに来たよ」
 「ああ、そいつは、なんだか会社辞めちまったらしいなあ」
 「おめえさんと同じように、仕事帰りに来るヤツもいんだよな」
 「で、そのおめえさんは何やってんだっけ。ああ、出版社だっけな」

 こうして、とくに聞きもしないのに、友人たちが、今どこで、何をやってるのかという、こと細かな情報が耳に入ってくるのだった。裏を返せば、僕と同じく、いや、僕と違って引っ越しして離れたところに住んでいるのにもかかわらず、みんなちょくちょくこの店に顔を出しているということだ。

 僕たちはこの店で交差する。

 予想通りに苦しくなりながらも、僕は大盛りの定食を平らげる。

 「味噌汁おかわり、いるか? 閉店まぎわだから、サービスな」
 「あ、いただきます」
 「吉野家や松屋じゃ、これ50円で出してんだろ? 暴利だよな」

 と言って主人は、目を伏せながら笑う。見た目の豪快さに反して、実に照れ屋なのである。年中鍋を振っているその右手は火に焼かれ、二の腕にかけてうぶ毛すらも生えていない。

 「ごちそうさま」
 「おう、ありがとな。また来いよ」

 勘定をして、店を出る。僕は、隣の古本屋を冷やかしてから家に帰る。

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