040826 仕事 [日常]

 出張先。打ち合わせが終わったあとの雑談の席で、相手方の事務長職にある人が、言った。

 「ぼくも昔、編集の仕事をやってたこと、あるんですよ」

 「ええっ、そうなんですか?」 声が大きくなってしまった。もう何十年ものあいだ、いまの役職にあるんじゃなかろうかと思えるくらい、事務長職がハマッていた人だったから。実際には40そこそこなんだろうけど。

 「クルマが好きで、専門雑誌を、10年くらい」

 「へえええ、そうなんですかあ」 間抜けな相づちを打ったあとで、

 「なんでまた、転職されたんですか?」

 率直な質問をぶつけてみた。

 「子供ができたことが、きっかけでねえ」

 苦笑いを浮かべていた。

 「それでもしばらくはね、続けていたんですよ。けれどほら、時間がないでしょう? この仕事」

 僕は大きくうなずいた。

 「風呂に入れるとき、こわがって泣かれてしまったんです。ぼくもおっかなびっくりだったから、それが伝わったのかもしれない。子供にふれる時間が、なかった。慣れてなかった。なんかね、すごーく悲しくなっちゃってね」

 仕事の話をしてるときとは違った、だいぶ砕けた言葉づかいになってきて、唐突に、

 「どう? 仕事、楽しい?」 と、訊かれた。

 「ええ、楽しいっすよ」

 即答に、ウソが混ざっていた。

 「時間もお金も、ないですけれどね。楽しいですよ」

 模範的に、ウソの上塗りをした。 「本当の」 本心ではない。時間は欲しいし、お金は欲しいし、これらが天から降ってきたならば、いまの仕事なんてやめてしまうだろう。

 「そう、なによりだね。ぼくは、やめちゃったけどね」 自嘲ぎみな言葉に対して僕は、

 「5年後にも同じ仕事を続けてるかどうかは、わからないっすけどね」

 と、返した。これは、本心だった。得意先の事務長に打ち明けることではない。なんて責任感のないヤツなんだ、コイツに仕事あずけて大丈夫なのか? と思われてしまっても、仕方がない発言だ。同じ職の経験者だと知って、気をゆるめてしまった。相手は、 「うんうん」 と首を上下に揺するばかりであった。

 少しの沈黙が、あった。その間、ついつい僕は、これまでの自分を振り返り、いまの自分を考えていた。

 やるべきだとされていたことを中途で放り出し、やりたいことを優先させようと思って、いまの仕事に就いた。かつて放棄したことも、もっと前には 「やりたいこと」 だったはずだ。今後また、さらに優先させたいことが出てくるかもしれない。実はもうすでに目の前にありながらも、見て見ぬフリをしているのかもしれない。将来この事務長のように、まったく異なる方面へと転職する可能性は低くない。

 「やれるうちは、精一杯楽しんでね」 回想と予想のなかで自分が引き合いに出されているとは知る由もない事務長の言葉によって現実に引き戻され、あわてて、

 「はい、ありがとうございます」 と、またもや模範的受け答え。なにが 「ありがとうございます」 なんだか。言いながら、 「まー、ほどほどにやっていきますから」 と思っている自分がいる。その後は、話題を変えるための仕事上の微細な質疑の応酬に終始した。

 帰りの新幹線車中。これから僕は、どう転がっていくんだろう。また考える。 「人生を転がす」 という他動詞なのか、 「人生が転がる」 という自動詞なのか。できれば他動詞でありたいなあと思いながら、今日もまた仕事に翻弄されている。

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