070117 祭りとしての直木賞 [随想]

 第136回直木賞は、4年ぶりの 「受賞作なし」 に。文芸がニュースで大きく扱われる数少ない、ほんとうに数少ない機会に、華々しく受賞作を発表できればそれに越したことはないんだけれども、3時間近くの議論の末、選考委員たちはこのような判断を下した。いつもなら発表されている時間帯にニュースサイトをチェックしてもなかなか情報が出てこなかったので、 「選考、もめてんのかねえ」 とは、僕も思っていた (芥川賞はほぼ例年通りの時間に発表されていた) 。

 「賞を与えるタイミングをことごとくハズす」 とか 「 (版元が特定の出版社に偏っている、など) 政治力の存在を否定できない」 といった批判的な見方もなされる賞だけれど、そもそもが絶対の尺度など存在しない分野、僕は 「まあ、そういうもんだろう」 と思っている。公明正大な文学賞がもしあったとして、その受賞作を読んでみたいか? というと、あまり気は乗らない。

 むしろこういう賞レースは、あれこれ考えずにお祭り的に楽しむのもひとつの方向だし、出版業界内部の人間もまた、そういうノリで 「わっしょい!」 と神輿をかついだりかつがれたり見物したりしている部分が大きいように思われる。自社の本がノミネートされていれば、売れる・売れないに直結する問題なだけになおさらだ。

 だからこそ、今回のように 「受賞作なし」 という結果になったときは、 「あれれ」 と肩透かしを食らう。 「直木賞受賞作!」 という帯を付けた本が平積みで並べばそれだけで活気が出てくるというもんだけど、あいにく次回まで持ち越しである。

 さて、今日の選考結果を心待ちにしていた人は誰だろう。作家本人はもちろん、担当編集者や版元の出版社も負けず劣らず (あるいは作家以上に) 、期待を抱きながら発表の時を迎えたはずだ。加えて印刷会社の人々、彼らも固唾を呑んで見守っていただろうと思う。

 ちょっと前、付き合いのある印刷会社が印刷・製本を請け負っていた書籍が、ある文学賞を受賞したことがあった。後日現場の様子を聞いたところでは、受賞決定後、それはもうてんやわんやだったらしい。版元としては、 「受賞はしたけれども品切れです」 という事態はできる限り避けたい (売れる時期を逃したくない) 。受賞の一報は、イコール重版の号砲である。刷って刷って刷りまくり、 「受賞作!」 の帯をかけてかけてかけまくったという。

 そんな内情を小耳に挟んでいたものだから、今回の直木賞発表に際しても、ノミネート各作品の印刷会社の担当者たちが徹夜覚悟のスタンバイをしながら発表を待っている姿を、想像せずにはいられなかった (あくまでも想像であり、的を外している可能性もある) 。そんな彼らにしてみても、 「受賞作なし」 は 「あれれ」 であろう。かつぐ神輿がなくなっちゃったよ、と。

 賞の選考としては至極まっとうな選択肢である 「受賞作なし」 だけれども、その報は 「獲った!」 「獲れなかった……」 のカタルシスをもたらさない。数多の人々の祭りの熱は発散されず、中途半端な微熱がそこに残るのである。

綿矢りさが受賞した時に (河出書房新社に) 電話をしたら、 「ありがとうございます!」 って、電話口から歓声が聞こえてきたんですよ。

「出版社めった斬り!」 ※( )内引用者
『本の雑誌』 2004年8月号 p.85

comments

文学賞メッタ斬りはご存じですか?
このコンビも、芸の域にはいってますよねw
毎回楽しみです。

http://www.nikkeibp.co.jp/style/life/topic/literaryawards/

  • by いしい
  • at 070118 09:05

いしいさん>
知ってますよー。今回も事前に読んでおりました。外しっぷりが芸だと思います。 『ひとがた流し』 については、大森氏の意見に一部共感しました (笑) 。

  • by Rana
  • at 070121 02:45
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