070802 赤い文庫本 [随想]

 幼少の記憶。母の本棚に、真っ赤な一角があった。そこには等しく赤い背表紙をもつ文庫本が数十冊と納められており、棚の2列ほどを赤く染めていた。

 中学生のとき、担任が設けた 「朝の10分間読書」 という時間に僕が毎日読んでいたのが、この赤い文庫本であった。学校に持参する本を両親の本棚から物色するなか、赤い一角の一冊に手を伸ばしたのに特に理由はなかったと思う。

 『そして誰もいなくなった』 『アクロイド殺し』 『ABC殺人事件』 といったタイトルに目を留めた隣の席の女子生徒が、 「気持わるい本読んじょるねー」 と言い、 「こわい? こわいと?」 と訊いてきたので 「気持わるくないし、こわくない。人はたくさん死ぬけど、」 と答えた。すると彼女は声を高めて 「やっぱこわーっ」 と叫んだので僕は 「けど、」 のあとに続けるつもりだった 「おもしろいよ」 の言葉を飲み込んだ。

 赤い文庫本のなかに、こんな作品もある―― 『ナイルに死す』 (原題 "Death on the Nile" ) 。ナイル川をクルーズする豪華客船を舞台としたミステリである。けっこうな長篇で、よく当時ねばり強く読み通したものだと思う。

 先日、早めの夏休みを利用して旅行してきたのが、作品の舞台となったエジプトであった。どうせなら旅行中に再読してやろうじゃないかと、近年 「クリスティー文庫」 として新装された本書を購入し、携帯した。新装に際して活字が大きくなり (そのぶんさらに分厚くなり) 、真鍋博の手によるイラストが印象的だったカバーは、イメージフォトを使用したこざっぱりとしたものになっていた。一方で背表紙は、新装後もやはり赤いままであった。

 なにせ初読は15年以上も前なので、ストーリーもトリックもすっかり忘れていた。あらためて読んで気づいたのだが、本書はナイル川クルーズを舞台にしつつも実はそれは必然の設定ではなく、豪華客船という閉ざされた空間における殺人事件の発生と解決、というごくごく一般的なミステリのひとつなのであった。ナイル河岸の風景や、当地の人々との交流の描写は、思っていた以上に少なかった。 「エジプトで本書を読んで、旅情にたっぷり浸ろう」 という僕のわかりやすすぎる (そして、感傷的すぎる) 目論見は、外れてしまったと言える。

 それでも、1937年に書かれた本書を70年後に当地で読む、という体験は悪くなかった。カイロに向かう機中やナイル川にほど近いホテルの一室で読む本として、このタイトルは縁起でもなかったけれど。無事帰国できてよかった。

 というわけで、エジプトを旅行してまいりました。以下、写真をいくつかご紹介。

■070728-31 エジプト (カイロ、ギザ、サッカーラ、メンフィス)


バスの車窓からピラミッドが見えたときの興奮といったらもう。


ルーブル美術館のピラミッドと並べてみる。


誰もがこういう写真撮るんだろうなあ。


97へぇ。


ナイル河岸に月。


サッカーラの階段ピラミッド。


メンフィスのラムセスII世像。


木陰で犬がぐったり。


ホテルの部屋からの眺め。宿の手配は代理店まかせだったのだけど、期せずして絶好のロケーション。 「ピラミッドビュー」 とか言うらしい。

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