070905 作為とイチロー [野球]

 メジャーリーグで7年連続200本安打を達成したシアトル・マリナーズのイチロー外野手への試合直後のインタビュー。質問を終えたインタビュアーは、最後に次の言葉を送った。

 「来年以降、またがんばってください」

 マリナーズは、プレーオフ進出をかけたシーズン終盤戦まっただなか。言葉に敏感なイチローが、この不用意な発言を受け流すはずもなく、即座に切り返した。

 「来年の話かい! 気が早いなあ……。どうかな、このインタビュアーは」

 苦笑まじりではあったが、手厳しい。手厳しいが、的確である。今回に限らず、イチローはインタビュアーの迂闊な発言に容赦なく突っ込む。粗忽な質問は無視することも少なくない。 「記者を育てたい」 という思いのもと、イチローは自覚的にこのスタイルを選択している。そのため、 「シアトルのボクの周りにいる記者の人たちっていうのは、すごくプレッシャーがある。常にピリピリせざるを得ない」 という。

 取材する立場で、その現場を想像してみる。うん、そりゃあピリピリするだろうさ。 「言葉に関して負けたくない」 は、記者の意地であろう。もし僕がイチローを取材できることになったとしたら? 正直、うれしさと怖さが半々だ。イチローを前に、適切な質問を用意できるだろうか? イチローの言葉を、うまく咀嚼できるだろうか? イチローの機嫌を、そこねることなくやり通すことができるだろうか? きっと、前日は一睡もできない。僕は、けっして上手なインタビュアーではないし。

 だけど、必ずしも 「上手なインタビュアー」 であらねばならないわけではないのが、インタビューのおもしろいところである。一例として、7月のオールスターゲームでイチローがMVPを獲得した際の一問一答を抜粋してみる。

――3安打出ました
イチロー:出ましたじゃなくて 「出しました」 。ぜんぜん違います。

―― (MVP獲得は) 今後の刺激になる?
イチロー:べたべたな質問ですけどね。 (後略)

――これからの目標は
イチロー:べったべたですねそれも。 (後略)

2007年7月12日付日刊スポーツ、 ( ) 内引用者

 これらは、当日のニュース番組でもくり返し放送されたくだりである。あとから振り返れば、 「3安打出ました」 も 「今後の刺激になる?」 も 「これからの目標は」 も、質問としては迂闊で粗忽であったことがよくわかる。少なくとも、 「メジャーリーグのオールスターで」 「史上初のランニングホームランを打って」 「日本人初のMVPを獲得した選手に」 「試合直後の共同記者会見で」 訊く質問としては、あまりにも凡庸で工夫がない。イチローが指摘するのも無理はない。

 だが、もっともイチローらしい発言を引き出し、日本に届けたのもまた、これらの質問であった。 「出ました」 と 「出しました」 の違いにこだわるイチロー。 「べたべたな質問」 に 「べたべたですね」 と返すイチロー。いずれもイチローらしさ満点であった。そして、 「上手なインタビュアー」 には引き出しえない回答でもあった。迂闊で粗忽な質問も、結果オーライだ。

 僕は邪推する。もしかしたらこれらは、イチローらしい発言を引き出すために、周到な計算を重ねて準備された質問だったのかもしれない。迂闊で粗忽な質問に見せかけてイチローの懐に飛び込む算段だったのかもしれない。ことによると昨日の 「来年以降、またがんばってください」 も、イチローの突っ込みを誘引する高度な意図ある発言だったのかもしれない。インタビュー技法のひとつとしては、ありうる話である。

 いや、ありえないかな、やっぱり。

参考資料
日刊スポーツ (2007年7月12日付紙面)

nikkansports.com
イチロー大記録への軌跡 > イチローかく語りき

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イチロー200本安打

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