070926 新しい美術館 [随想]

 今日26日から12月17日までの期間、東京・六本木の国立新美術館で 『フェルメール 「牛乳を注ぐ女」 とオランダ風俗画展』 が開催され、掲題のフェルメール 「牛乳を注ぐ女」 をはじめ、アムステルダム国立美術館所蔵のオランダ風俗画が大挙公開される。どのような作品が来日し、どのような解釈のもと陳列されるのか。昨年、アムステルダムで同美術館を訪れた身として、今から楽しみで仕方がない。キュレーターの仕事っぷりを堪能したい。

 国立新美術館は今年1月開館、「コレクションを持たず、国内最大級の展示スペース (14,000m^2) を生かした多彩な展覧会の開催、美術に関する情報や資料の収集・公開・提供、教育普及など、アートセンターとしての役割を果たす」 ことをめざしている。僕も 『ポンピドー・センター所蔵作品展』 『大回顧展モネ』 と、すでに二度訪れており、この 『オランダ風俗画展』 が、確実に三度目の機会となる。1年目だけあって、さすがに気合を入れた企画ラインナップ。

 「国立新美術館」 という名称が決まった当時、 「また、ずいぶん思い切った (そして、覚悟を決めた) ネーミングだな」 と感じたのをおぼえている。 「新しい」 は相対的な概念なので、 「どの時点で」 「何と比較して」 「どう」 新しいのかが、常に明確でなければならない。 「新○○」 を名乗るということは、恒久的に新しくあり続ける意志の表明であるし、その責務をみずからに課す決意の表明でもある。対象が新しさを失ったとたんに、名称は意味をも失い、形骸化する。陳腐にすらなる。だから、ほんとうは名称としては不向きなのだと思う。

 それでも、人は時に 「新○○」 と名づける誘惑にあらがえない。世は 「新○○」 にあふれている。 『新幹線』 『新国立劇場』 『新銀行東京』 『新丸ビル』 『新千歳空港』 ……。作品名だと 『新・男はつらいよ』 『新・必殺仕事人』 『新・野球狂の詩』 。政党名だと 『国民新党』 『新党日本』 『共生新党』 。かつては 『日本新党』 という政党もあった。命名当時は、旧施設 (あるいは旧作や既存政党) と比べて、たしかに新しかったかもしれない。だけど、今でもなお新しいと言えるのか? 10年後、100年後も、新しくあり続けられるのか? 「新○○」 と名づけるからには、常にこの問いに答える用意がなければならない。

 その意味で 「国立新美術館」 もまた、重い課題をみずからに与える名称である。既存の4つの国立美術館と比べれば新しいし、「自館としてはコレクションを持たない」 という構想も新しい。波打つファサードが印象的な外観 (設計・黒川紀章) も新しいし、六本木の新興エリア・東京ミッドタウン界隈という立地そのものも新しい。いずれも、現時点では。この先、名称が形骸化することなきよう新しくあり続けられるか否かは、この美術館が何を企画し、発信していくことができるかにかかっていると思う。

 そのものズバリ、 漢字の「新」 をモチーフとしたシンボルマークをデザインしたSAMURAIの佐藤可士和氏、佐藤悦子氏は、次のように語る。

シンボルマークには 「新」 の文字を使おう。美術館のビジョンをビジュアルとして端的に表現するには、これしかないと思いました。 (中略) やはりこのビジョンをひと目で伝えるには、 「新」 に勝るものはない。

佐藤可士和 『佐藤可士和の超整理術』 日本経済新聞出版社 p.144

美術と人々との、開かれた新しい関係。国立の美術館として日本で5つめの国立新美術館はコレクションを持たない様々な新しい試みをする美術館。情報が集まり行き交うアートセンター的な役割を果たす新しい美術館の在り方を漢字の 「新」 一文字で表現した。

『日本のロゴ』 成美堂出版 p.116

「新」 という文字は、日本人であれば老若男女ほとんど誰でも瞬間的に、この漢字の持つイメージを掴めます。日本で五番目の、新しい可能性を持った美術館のシンボルは、多くの人にわかりやすく親しみやすいものがモチーフになっていたほうが、その存在を身近に感じられ、ひいては “難しくて遠い” と思われがちなアートが気軽に楽しめるようになっていくと思ったのです。

佐藤悦子 『SAMURAI 佐藤可士和のつくり方』 誠文堂新光社 p.91

 「新」 をここまで前面に押し出した以上、新しくあり続けることからはもはや逃れられない。一鑑賞者の立場からすれば、こうした果敢な挑戦の帰結を享受できるのはこの上ない至福である。本展覧会を含め、今後にも期待したい。国の施設であるだけに、公共の福祉にかないつつ志を維持し続けることは、相当な困難をともなうと予想されるけれども。

参考資料
国立新美術館
国立新美術館開館記念
アムステルダム国立美術館所蔵 フェルメール 「牛乳を注ぐ女」 とオランダ風俗画展

佐藤可士和 『佐藤可士和の超整理術』 日本経済新聞出版社
『日本のロゴ』 成美堂出版
佐藤悦子 『SAMURAI 佐藤可士和のつくり方』 誠文堂新光社

comments

comment form
comment form

Recent Entries

Search


Category Archives