071023 おれがペヤングだったころ [随想]

 ペヤングが値上がりするらしい。ペヤングとは、まるか食品が製造・販売するカップ焼きそばだ。時々、むしょうに食べたくなるんだ。あの麺の食感や、単位麺あたりのソース量の絶妙なバランスは、ほかのカップ焼きそばでは堪能できない。値上げは痛いが、原油・小麦価格の高騰の影響とあらば仕方あるまい。許す (えらそう) 。

 ペヤングは、関西以西ではほとんど売っていない。だから初めて食べたのは大学進学で上京した10年前のことだ。それも、普通に店頭で買ったんじゃない。行きつけの雀荘のメニューのひとつに、それはあった。

 大学1年生のころ、サークルの3、4年生に連れられて、しょっちゅう雀荘に行っていた。1年生は通常半年くらいかけて上級生から麻雀を学び、いっぱしの打ち手になる。そんななか、高校生のころから折に触れて麻雀を打っていた僕は重宝され、たびたび誘われた。ほかの1年生が参戦するようになると付き合うのがちと億劫になり、逆にだんだん遠ざかっていったのだけど。いまでは点数計算はおろか役名すらもおぼつかない。それはともかく。

 雀荘は、学生の需要に応える形で明け方まで営業している。熱がこもれば腹はへる。夕方や宵の口ならば弁当を調達したり、出前を頼んだりという手があるが、深夜、他店閉店後にはそうもいかない。腹を空かせた学生たちのために店主が用意してくれていたのが、カップラーメンやカップ焼きそばであった (雀牌が汚れるのを防ぐため、おにぎりやサンドイッチ、スナック菓子の類は供されない) 。

 この店主がつくったペヤングが、とてつもなくうまかったんだ。

 まず、お湯の切り方、ソースの混ぜ方、青のりの散らし方、すべてがパーフェクトだった。見目麗しいペヤングは、口に運べばアルデンテ。カップ焼きそばなんて誰がつくっても同じだろうと思うなかれ、家で自分でつくってみても、記憶するあの味は再現できない。雀荘の店主に、ペヤングづくりのプロフェッショナルを見た。

 至高のペヤングを食べながら、紫煙に包まれて夜明けを迎える。授業をサボることができないタチだった僕は、いったん家に帰って仮眠して、午前中の授業にもしっかり出席した。授業を終えると、また麻雀。学校から、すなわち雀荘から徒歩5分のところに住んでいたからこそできた芸当とはいえ、若かった。 (念のためにおことわりしておくと、僕は煙草を吸わない。吸わないのによくもまあ、煙立ち込める室内に一晩中いられたものだ。いまでは考えられない。)

 当時から、 「最近の大学生は、麻雀をしなくなった」 と言われていた。僕の周囲ではそうでもなかったけど、たしかに全体的には敬遠される傾向にあったと思う。いまではどうなんだろう? 僕が麻雀に親しんでいたのは藤子不二雄Aや片山まさゆき、西原理恵子の漫画を読んで育ってきたからだし、父に阿佐田哲也 『麻雀放浪記』 を薦められたからでもあった。中学3年生の息子に 『麻雀放浪記』 を読ませて、どんな道に進ませたかったんだ、父よ。
 
 ペヤング値上げのニュースを目にして、こんなことをつらつらと思い出した。あの雀荘のペヤングも、値上げするのかな。

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