071123 誰かが秋刀魚の頭を落とした [日常]

 ぐぐっと気温が下がり、冬、到来の間近を思わせる。秋の終わりをはかなんでいるヒマもない、慌しい季節の移行。

 サンマが好きで、この秋も何尾食べたか知れない。近所のスーパーは夜10時まで営業しており、会社帰りに滑り込みで入店し、パック詰めの最後の1尾を購入したこともあった。

 休日の昼に同じスーパーに行くと、魚屋よろしく発泡スチロールの箱に氷漬けされたサンマが売られていることが多い。パック詰めに比べて新鮮そうに見える。備え付けのビニル袋に4尾入れ、口を縛ってカゴに入れる。2、3日分の夕食確保。

 この秋初めて見たのが、同様に氷漬けされたその脇に 「頭切り落とし、内臓抜き」 との立て札が置かれた状態で売られたサンマだった。立て札にはさらに 「お値段同額」 との貼り紙も。なるほど隣にはいつもどおり、獲れたまんまの状態のサンマが入った箱も並べられていた。1尾80円。 「ひと手間かかっていますが、同じお値段で提供しますよ」 とは、たしかにセールスポイントたりえる。

 しかしサンマらしさの最大要素たる頭部を失ったサンマは、 「秋刀魚」 としての威厳をも失ってしまったようにも思われ、情けないことこの上ない。内臓 (ハラワタ) も、苦いのでたいてい半分くらいは残してしまうんだけど、完全に除かれてしまうのはちと寂しい。 「やっぱり買うなら丸ごとだよな」 とは、僕の結論。

 意外だったのは、僕の結論とは裏腹に、売れ行きがよさそうだったのは 「頭切り落とし、内臓抜き」 サンマのほうだったってこと。箱の中の減り方が明らかにちがう。世間的には、頭のないサンマが思いのほか流通しているのかもしれない。いずれ頭も内臓も各家庭で生ゴミとして廃棄されることを考えれば、スーパーの調理場で一括して処理してしまうほうが合理的ではある。

 だけど、やっぱり、サンマは頭ごと焼きたい。ハラワタの苦味も、ちょっとは味わいたい。

 ……と、こんなことをうだうだ考えているうちに購入意欲そのものが削がれてしまったので、その日の僕はサンマではなくサケの切り身をパックで買った。本質的には同じことだけど、こっちに対しては何の抵抗も感慨もない。不思議だ。

食べ物の生産と加工を行う作業は目につかないところで行われているのです。それを見せることにこそ、興味をもちました。

ニコラウス・ゲイハルター (映画監督/ドキュメンタリー作家)
映画 『いのちの食べかた』 パンフレット

comments

comment form
comment form

Recent Entries

Search


Category Archives