■ 2003年1月,2月,3月

030327 文字数のわりに中身のない日記。


 首都の顔、私が決める この一票

 こんな、非常に健康的なスローガンがJRの駅に横断幕として張られた今日。統一地方選のスタートです。僕の住む東京都は、みなさんご存知都知事選。注目度もちがいます。一度青島さんで懲りてる東京都民は、候補者の真贋を見きわめるべく、これから2週間が思案の時となるでしょう(多分)。その青島さん、退任したのちに出演していたテレビのトークで、こう語ってましたからね。

 「いやあ、大変でしたよ」

 それはわかるが、それを言っちゃあ。



 僕もまた、ボードに貼られた候補者の顔ぶれを見てしばし思案。とりあえず今は、誰に決めることなく留保しておきましょう。え? そりゃあ、今回も無論投票しますよ。選挙権を得てからは、欠かさず投票にいそしんでますからね(前例:010624。えらいねいいこだね。

 そんな今日、会社帰りに紀伊国屋新宿南店をふらふらしてた時のことです。外から、突如空気を切り裂く大音響が。

 ド ク タ ー ・ ナ カ マ ツ !(フォントを大きくしたい)

 おおっと、さっそく選挙カーですか。それも誰あろう、ドクター・中松氏。「発明家」という肩書きが通用する、世界でただ一人の人物です。ぴょんぴょん跳ねてる姿しかイメージできませんが。羽柴誠三郎秀吉さんと並び、選挙といえば顔を出す。その供託金をオレにくれ。いやはや、今日び、選挙カーでの名前の連呼なんて流行らないかと思ってましたが……。そんな今だからこそ、こうした選挙カー攻撃は案外効果的かもしれません。

 と、思った僕がバカでした。

 ドクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクター

 いや、そこだけ連呼されても。

 ドクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクター

 え? まだ続くの?

 ドクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクタードクター……(1.5秒の沈黙。タメてるらしい)

 ド ク タ ー ・ ナ カ マ ツ !(ダメ押し)

 うんざり。

 うわあ、なんだこの名前の連呼は。無駄にいい声だし。かすかに節がついてるし。エコー過剰にかかってるし。まるでどっかの宗教みたい(特定しませんが)

 しかし、油断は禁物でした。

 やっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱり

 え? Bメロ?

 やっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱり

 いや、その。

 やっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱり……(1.5秒の沈黙。タメてます)

 ド ク タ ー ・ ナ カ マ ツ !(もうおなかいっぱい)

 ……。

 あーうるさい(言っちゃった)

 やっぱり名前連呼(と、悪ノリ)は逆効果しか生まない、と思いをあらためたのでした。



 おっといけない、ドクター・中松氏の名前を連呼しすぎました。僕まで氏の片棒を担いでいるように思われてしまう。これでは不平等。テレビだって、特定候補が画面に写るのを避けるべく神経配ってるのに。フォローしなければ。

 池田一朝(農業研究所代表・無所・新)

 若林義春(党都委員長・共産・新)

 石原慎太郎(知事・無所・現)

 ドクター・中松(発明家・無所・新)

 樋口恵子(評論家・無所・新)

 (届け出順)

 これでよし。

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030325 カレンダー。



カレンダーをめくるのが好きだった

月めくりのカレンダーを

毎月1日に

めくり

破る



あたらしい写真やイラストが現れ

部屋の雰囲気が少しかわり

しばらくは目あたらしいけれども

いつしか慣れてしまって

部屋の風景に同化してしまって

そのうちにまた月がかわるのだった



実はお目当ては

めくられ破られる紙の方だった

裏返すと白い大きな紙になり

その紙は自分のものになり

何を書いても

何を描いても

自由だった



自分の名前を書いたし

ドラえもんを描いたし

ときには固く丸めた棒をつくり

ときには巨大な紙飛行機をつくり

そんな遊び道具を手に入れるのを

待ちきれなくて30日とか31日とか

月がかわる前に破ってしまうこともあった



カレンダーをめくることは

あたらしい世界を表に出し

あたらしい世界を手に入れることだった



もうすぐ、あたらしい月になる


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030322 まだ名前のない戦争に。



気持の高揚を覚えている

自分に何が語れるのかと

所詮は対岸と考えている

自分が何を論じるのかと



反対することは容易だ

反対することは義務か

反対することの意味を

叫ぶこと並ぶこと歌うこと集まること盾になることで

何かが変わっただろうか



そもそもこれは

戦争なのだろうかと

敵とは誰なのだろうかと

正義とは何なのだろうかと



試されているのは

想像力



誰かが言った

私は非力だが

無力ではない


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030315 ググっときます。


 ググ・る 【Google】

 (動ラ五[四])
 (1)検索システム[Google]を用い、インターネット上の情報を調べること。



 Googleという検索エンジンを、僕が最初に知ったのは今から3年前だったように思う。

 それまで検索エンジンといえばYahoo! JAPANgooinfoseekLYCOSExciteFreshEyeあたりが主だったわけだが、Googleはその検索速度の速さやシンプルなデザイン、またヒットするWebサイトの順位付けの的確さなどからして他エンジンを上回る有用性を発揮して、一気に検索エンジンの雄にのぼりつめてしまった。

 対するYahoo! JAPANもまた抜け目がなくて、Googleの日の出の勢いを見るや即座に提携し、自身の既存検索システムにGoogleのシステムを増補することにより、その身を磐石とした。これはYahoo! JAPANとGoogle、双方の賢察があって実現したものであろう。

 Googleは最近だんだん悪ノリするようになってきて、なにかしらイベントがあるたびにデザインをちょこざいな凝るようになってきた。クリスマスお正月旧正月バレンタインデーは許容範囲として、ダリピカソミケランジェロアインシュタインの誕生日にまで便乗するのはいかがなものかと(好きだけどね)

 まあそんな前置きはいいとして(え?)

 僕のGoogle活用法のひとつとして、「ネタかぶり確認」というのがある。

 それはつまり、自分が思いついたネタ・フレーズ・表現が、はたしてまったくのオリジナルなのか、そうではなくて先人があるものなのかを確認するための行為なのである。

 一例を挙げよう。

 僕は先日、昼メシを食べている折に、ふと「灯台デモクラシー」という単語が頭をよぎり、「おっ、小ネタ発見」と、ほくそえんだのであった。しかし同時に、「だけどこのネタ、人とかぶってるかもしれん」とも思った。そんなに独創性があるようにも思われない。

 で、帰宅してから調べてみた。

 灯台デモクラシー

 あるわあるわ、もう、先人だらけである。これでは自分のオリジナリティは主張できない。もしかしたら、以前自分がどこかで目にしていたのを忘れ、時を経てあたかも自分が思いついたかのように錯覚しただけのことだったのかもしれない。

 これでは、自分のネタにはできない(もう十分した)

 もう一例。

 まさしくこの日記の導入部(↑)を書いているとき、「そういえば最初、[Google]を「ごーぐる」って読んでたなあ……」ということを思い出したのである。このエピソードを盛り込めば、字数が稼げるし、厚みも増す……というヨコシマな考えのもと、「けど、これって自分だけじゃないかも」と思い、検索してみた。

 Google ごーぐる

 こんなにネタにされているとは。

 こうなってくるともう、何がオリジナルで何がパクリか、何が独創で何が既出か、という線引きがわからなくなってくる。うかつにネタを発することができないように思われてくるではないか。

 だがこの「ネタかぶり確認」が功を奏した例もあって、例えば、

 長芋のマカレナ

 というのは何度検索してみてもヒットしない。「長いものマカレナ」とか「ながいものまかれな」とか、かな漢字を変換してみてもヒットしない。よっしゃ、こりゃあ自分のオリジナルだっ、ということで喜んで披露した。こういうこともあるのである。

 かように、Googleは実に有用である。読者諸氏もおおいに活用されたい(回し者)

 が、

 Google ネタかぶり

 ヤんなっちゃうなあ、もう。

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030307,09,11 アンケート集計結果発表



 一連のアンケート集計結果は、こちらにまとめました。>>>


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030222 風邪考。


 つくづく思うが、「風邪」というヤツは不憫である。

 や、「風邪にかかった人」が不憫というわけではない。「風邪」そのものが不憫なのである。

 言うまでもなく、風邪は忌み嫌われる。発熱、頭痛、嘔吐、鼻水、咳、くしゃみ。これらの症状を喜んで迎えるような人はいない。嫌悪の対象でありつづけるのである、風邪というヤツは。

 だが、「嫌悪の対象でありつづける」ことをして「不憫」といっているのではない。むしろ、風邪に対するこうした畏怖には、「不憫」とはかけ離れた雄雄しさを感じるではないか。「風邪が猛威を振るっています」と聞くと、いかにも強そうである。

 これらの説明では、風邪は「嫌悪」「畏怖」の対象とはなっても、「不憫」の対象とはなりえないのではないかと思われる。

 しかし、この「風邪」のステータスは、しばしばあっけなく崩れ去るのである。

 よく言うではないか、



 「風邪よかった」と。



 「インフルエンザじゃなくて、風邪よかった」

 「花粉症じゃなくて、風邪よかった」



 風邪の立場は。



 インフルエンザ、花粉症という東西両横綱を前にすると、風邪はたちまち前頭筆頭までこき下ろされる。

 日頃あれだけ恐れられていながら、インフルエンザや花粉症を比較対照物とすると、たちまち矮小化されてしまう。

 不憫だ。



 そも、「○○いい」という言い方には、ネガティブなニュアンスが含まれる。

 「あっ、おれ、ビールいいや」
 「今日、このブラウスいいかなあ?」
 「まあ、この大学いいや」

 ダメだダメだダメだ! 弱い! 弱いぞ! 「」じゃダメだぞ!

 「ビールっす!」
 「ちょー、このブラウスにする!」
 「この大学がいいんだ!」

 というくらいの意思をみせろ! 気概をみせろ! 覇気をみせろ!
 (「意思」「気概」「覇気」の対極にある男が何を言うか)

 これらの例をみてもわかる通り、「○○いい」はすなわち、妥協が生む言葉なのである。譲歩が言わしめる言葉なのである。

 「風邪よかった」

 という言葉のウラには、

 「風邪だったら、大したことないし」
 「風邪ごとき
 「たかが風邪」

 という、風邪に対する蔑んだ視線があるのである。

 ああ、風邪の不憫なることよ。

 これからの風邪の奮起を期待する(それも困る)



 風邪を反面教師として、僕も、

 「まあ、アナタいいワ」

 じゃなくて、

 「アナタじゃなきゃダメなの」

 と言われる男になりたいところだ。そんな感じで、本日の結論とさせていただく。

――了。

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030219 メガネっ子、それはアラレちゃん。


 メガネを新調しました。

 僕のメガネっ子歴は、小6からですから、かれこれ13年になりますか。人生の半分以上、けっこうな時間です。当時周りには、メガネっ子はあんまりいなかったので、ウリウリと天高くかざして自慢して、ちょっとだけ優越感に浸ったりしてね。いや、視力的に劣っているわけですから、「優越」ってのは根本的に間違ってるんですけど。

 初代は黒縁メガネでした。かけてると、いかにもマジメに見えたものです。僕の場合、ネがマジメですから(自称)、与える印象はクソマジメになります。マジメの二乗です。三菱コルトには負けますが(三乗だから<まじめ まじめ まじめ COLT)

 二代目を購入したのは、高校の頃だったと思います。このメガネが何を血迷ったか、銀縁でした。で、弦(ツル)の部分にベッコウ柄があしらわれていました。えー、正直、ちょっとアレなデザインでした。カンベンしてくれっす。当時の写真、門外不出っす。

 この頃には、ヤクルトスワローズの古田捕手であるとか、『SLAM DUNK』における小暮くん(@体力をつけるためにバスケ部に入りました)とかの登場で、「メガネくん」の地位も向上していたんですけどね。触発されて僕も、「ファッショナブルかつスタイリッシュなメガネを買おう」と意気込んでメガネ屋さんに出向いたはずなんですけどね。なんでこんなん買っちゃったんでしょう。謎です。買った当日から、このメガネの「イケてなさ加減」に愕然としちゃってましたから、めったなことがない限りは使用しませんでした。意味がありません。

 ようやく自分で満足のいくメガネを買うことができたのは、さらに時代を経て、大学4年の夏、ということになります。それまで視力低下の進行は比較的緩やかだったのですが、卒業研究の毎日で、疲労もあってかガクンと落ちたんです。メガネをかけていなければ日常生活に支障をきたすくらいに。だけど、こんな(銀縁ベッコウ)メガネじゃ普段街中を歩くことは耐えられない、できない、ということで、新しく作ることとしました。

 その頃にはある程度目も肥えてましたし、自分の容姿というのもある程度はわきまえられるようになっていましたから、身の丈に合う、似合うものを買おう、という方針で慎重に吟味しました(このときの購入エピソードは当時の日記参照:000822takkaさんの影響をモロに受けて(ていうかパクって)、逆ナイロールフレーム(フレームが下半分だけ)のメガネです。「(takkaさんのメガネを見て)あっ、おもろい。オレもそれにするっ」とね。子供です。色は、Ranaさんのイメージカラーのネイビーブルー。



これです。
※クリックすると別ウィンドウで無駄に拡大します。

 これがまた、思いのほか好評でした。「いいねえ」「似合うねえ」と、誉めそやされました。僕自身も気に入っていたので悪い気はしなかったのですが、誉められすぎると微妙です。メガネのことに話が及ぶたびに「メガネが似合う顔だねえ。いいなあ」などと言われると、「う、ちょっと待て」となります。

 メガネが似合う顔

 というのは、はたして誉め言葉なのでしょうか。ボーダーラインな気がします。なるほど、「メガネをかけることによって、より魅力がアップする顔」という風に解釈することもできます。しかしこと僕の場合にはそうではなく、

 メガネをかけることによって、どうにか見られるようになる顔

 だということを暗に言われているのではないかと思われます。これは、自分自身が内奥で自覚しているからこそ感知することができる、と申しましょうか。そう、僕の顔は、「華ない、メリハリない、どうしようもない」の「3ない運動」を繰り広げていますからね。古舘さん風に言うと、「顔面3ない運動」ですからね。トコロテンにつける練りカラシのごとく、僕の顔にメガネが乗ることがピリリしたアクセントとなって、ひとつのまとまりを成していると思われるのですよ。ふんっ(あ、卑下しすぎてスネた)

 そんなハマっているメガネだったのですが、この1年で視力が没落したことによって(仕事によるものであること疑いなし)、新調することを余儀なくされました。先代となるメガネが優等生だったために、選ぶのには相当な考慮が必要となりました。メガネ屋に何度も足を運び、候補を絞り込み、鏡に向かってためつすがめつ。何度か相談もしたので、すっかり店員に顔を覚えられました。「まだ買いやがらねえのか、コノヤロウ」と、思われていたことでしょう。



で、買ったのが、これです。
※クリックすると別ウィンドウで意味なく拡大します。

 先代と同じメーカー、同じ形、同じ色。違いといえばフレームがなくなったことくらいです。Ranaさん、保守に走りました。このオトコに冒険心というものはないのでしょうか。まったくもって勇気がありません。ですがあなどるなかれ、フレームが代わっただけでも、かけたときの印象は大きく異なるものです。フレームなしのメガネは、一度試してみたかったのです。鏡をみつめ、「おっ、なんかすっきりして好青年演出度合が5割増しだぜ」とご満悦(ナルシスト入ってます)。このたびの購入も成功だったと思われます。みなさんも、今度お会いしたときには新生・Ranaさんのメガネが拝めることでしょう(メガネが主体であるところがミソです)。お楽しみに。



 ……。



 これ、1ヵ月前のお話です。



 ……。



 ……。



 ……。



 ……誰か気づけ(涙)

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030207 5年半ぶりに。


 点心が好きなんです。

 餃子
 王道。焼でも蒸でも揚でも水でも何でも来やがれ。

 焼売
 蒸篭から立ちのぼる湯気。垣間見えるプリティな姿。

 春巻
 パリっとした瞬間、多様な具材の旨味が多重に広がる。

 肉まん
 コンビニはあなどれない。88円のしあわせ。

 小龍包
 プチっと皮が破れ、口に溢れるスープ。ヤケドしたってかまわない。

 大根餅
 風味豊か。端麗な味わい。辛味ダレにさっとつけてぱくっと喰らう。

 胡麻団子
 揚げたての胡麻の香ばしさ。アツアツのこしあ……。

 ……。

 ……うーん。

 ……だ、だ、ダメです。こんなん書いてたらヨダレが。喰いたくなってきました。猛烈に喰いたくなってきました。こりゃもう書いてる場合じゃありません。仕事してる場合じゃありません。喰らいに行きましょう。行かなきゃ。今。

 と、いうわけで、

 上海に行ってきます(4泊5日)

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030130 珍しく(つんくファミリー以外の)芸能ネタです。


 月曜日のことです。

 帰宅後、僕は仮眠をとっていました。翌日に取材レポートを上げなければならなかったのですが、どうにもこうにも疲れてしまっていたので、ともかくも3時間ほど寝て、頭をクリアにしてから取り掛かろうと考えたのです。この目論見は功を奏し、深夜1時から着手したレポートは、僕としては異例のスピード、2時間で仕上がりました。やはり睡眠はとりたいときにとっておいた方が、のちのちのためになるのですね。大学時代は夜通しで課題に取り組んで明け方に完成、てなことはザラだったのですが、齢を重ねるにつれてムリがきかなくなってきたようです。悲しいですが、事実として受け止めましょう。終わり。



 終わりません。

 こんな普通のショートダイアリーじゃ、目の肥えた読者諸賢を満足させることはできません。それに僕としても、毎回ウダウダと語り通すか、短ければ短いなりのまとめ方をしなければ、日記を書いた気がしなくなっています。これをWeb日記を続けてきたことによる成果とするか弊害とするかは微妙なところですが、ともかくももう少し続けなければなりません。続けます。



 その月曜日。仮眠中もテレビはつけっ放しでした。と、耳から入ってくるのは『SMAP×SMAP』の音声。どうやらフジテレビのようです。いい感じにまどろんでいたためか音声を煩わしいとも思わず、テレビを消すことなく流れるにまかせていました。番組も終盤となり、SMAPの唄が始まります。

 あり? この唄、いいかも。

 寝ぼけた頭ながら、SMAPの唄を聴いて「いいかも」と思った自分がいました。ちょっとだけ覚醒して歌詞に耳を傾け、「む、ややクサくて赤面なきらいもあるけど、歌詞もなかなかだ」とも思いました。日頃音楽に反応しない僕としては珍しいことです。そして同時にあらためて、「うーむ、いい唄だ。SMAPなのに。SMAPが唄っているのに。きいっ」と思いました。これはSMAPの歌唱力がどうとかいう問題に言及しているわけではありません(予防線)。同じ男として、アイドルの唄をちらりと聴いただけで「いい」と思ってしまった自分が、やや悔しかったのです。悔しかったのですが、いかんせん僕は仮眠中です。唄が終わったと同時に、ストンと再び眠りに落ちました。

 「あの唄はなんというのだ」という疑問はちょっとだけ頭にありましたが、とくに調べることもせずに数日経過しました。そして、今日になってその解答がニュースサイトから得られました。タイトルは、『世界に一つだけの花』というようです。昨夏に出たアルバムに収録されており、「隠れた名曲」とファンの間で呼ばれ、このたびクサナギくん主演のドラマ、『僕の生きる道』の主題歌となったことでシングル化が決定、ヒットの兆し、だということです。そうか、やはりファンが支持する曲だったのですね。僕の感覚もそうそうズレてるわけではないようです。

 こうして謎は解けましたが、それでも僕は「SMAPの唄に反応してしまった自分」に承服しかねるものを感じ続けていました。別にSMAPがキライだとかいう話ではないのです。微妙なオトコゴコロの問題です(予防線2)

 しかし記事を最後まで読むことで、この「反応してしまった自分」の謎も解けました。

 作詞・作曲・編曲 槇原敬之

 なるほど。

 どおりで反応してしまったはずです。

 槇原さんは、今の僕が愛聴し続けている、唯一と言っていい歌い手さんです。彼が手がけた唄ならば、反応してもおかしくありません。納得。寝ぼけながら槇原さんを嗅ぎつけることができた自分には拍手ですが、これをSMAPに提供したんだなあ……ヒットしちまうかもなあ……と、複雑な心境です。スガシカオファンや川村結花ファンも過去に同じような感慨に浸ったのかもしれません。槇原さんの場合、自身の現況そのものが複雑(含みがあります)なだけになおさらです。ともあれ、

 セルフカバーが聴きたいです。

 あからさまに提供用の楽曲なので、本人が唄ってどうか、とも思いますが。どう唄うのか、気になります。編曲が違うと、また雰囲気ガラリと変わりそうです。

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030125 無理やり一緒くたで記念にしてしまおう。


 この1月はメモリアルな月でした。

 ・サイト3周年。
 ・掲示板書き込み1,000件突破。
 ・アクセスカウンタ30,000突破。
 ・『はらだしき村』刊行。
 ・突発的に奈良出張。

 これらが続々と到来しました(出張は関係ありません)。こんなメモリアルな月を、何もせずして漫然とやり過ごすことはできません。何か企画を催さなければ。そんな、何の意味もない強迫観念に駆られた僕は、少しの思案ののちに、思いつきました。

 アンケートをしちゃおう。

 驚くべき脈絡のなさですが、記念だ記念だ、という名目のもと、ここにアンケートを実施したいと思います。メールよりも、掲示板よりも、気軽に参加できる(と思う)このアンケートという形式。臆することなく参加いただけたら幸いです。みなさまとの相互企画となりましょうぞ。しかも僕としては、企画告知(この日記)と集計結果発表、2回の更新が稼げるのでお得な感じです。以下、要項。

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企画要項。


 アンケートフォームより、各事項にご回答の上、送信してください。

 >>>アンケートフォーム(終了しました)

□設問詳細

●ハンドルネーム
●性別
●お住まい
●このサイトを知ったきっかけ

  宣伝を怠り続ける当サイト、はたしてみなさんの来歴は?
  おそらく、
  『ぐうたら雑記館
  『原田宗典公認ホームページ
  『北村亭
  が三本柱かと思われます。
  その他については、下の設問でお知らせください。
●上で「その他」と回答された方、よろしければ来歴を
  回答例:
  ●●さんの『●●●●』のリンクから
  管理人の友人
  知人の紹介
  ネットサーフィンしてたらバッタリ
  検索(キーワード:メーヤウ)
●最初に出会ったトップページ
  当サイトに、最初に来場した時の、トップページはどれでしたか?
  トップページライブラリを参照としてください。
●印象に残っているトップページ
  いい意味でも悪い意味でも、印象に残っているトップページはどれですか?
●印象に残っている日記
  いい意味でも悪い意味でも、印象に残っている日記はどれですか?
  参照:Rana's Diary(このページ)
●なにかありましたらご自由に

□補記

 みなさまからお寄せいただいたご回答は、今後の更新の参考とさせていただくことがあるかもしれませんが、そうでもないかも知れません(どっち)

 このアンケートは、1ヵ月を目安として打ち切り、集計し、その結果を発表させていただく予定です。その際、無記名にてコメントを引用させていただくことがあるかもしれません。ご了承ください。

 反響がなかったら、ひそかにフェードアウトさせて、なかったことにします。

 よろしくお願いします。

 アンケート集計結果は、こちら。>>>

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030123 その行動力を普段発揮しろ。


 奈良に行ってきました。

 Rana@奈良。らな@なら。おっ、回文。ぷぷっ。とか思いながら、奈良にいました。

 Rana in 奈良。奈良におるなら、断わらな。おっ、早口言葉。ぷぷぷっ。とか思いながら、奈良にいました。

 一日目。京都でたろすけさんと、イタリアンバイキングをしました。

 二日目。大阪でtakkaさんと、焼肉を食いました。

 三日目。奈良でひとり、ネットカフェを探しながら彷徨ってました(見つかりませんでした)

 そんな奈良でした(何しに行ってたの、あなた)

 今度は札幌とか宇都宮とか名古屋とか高知とか大分とか……えーとえーと……に出張したいです(何しに行くの、あなた)

 唐突に、強引に、アポ取りますので心得ておいてください。

 遊びましょう(だから仕事は)

Special thanks to tarosuke & takka.

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030119 親父の引っ越し。


 転勤で東京勤務となった父が、僕の家から地下鉄で一本と、そう遠くない距離に引っ越してきた。その当日、つまり今日だが、僕は引っ越しの手伝いのために休日らしからぬ早起きをして外へ出て、前夜父が滞在していたホテルへと向かった。

 僕がホテルに着いた時には、折よく父はチェックアウトの手続をしている最中で、そこには広い背中と、その傍らの少しの手荷物があった。それは、昨年の夏以来、半年ぶりに見る姿であった。僕らは「おう」とのみ言葉を交わしてホテルを出て、程ない距離にある駅へと歩いた。僕は荷物の半分を引き受け、「元気か」「メシ食ってんのか」「会社はどうだ」との質問に対して相応の相槌を返していた。

 地下鉄に乗り込み、二人並んで座る。休日の朝に都心から郊外へと走る電車に乗客がいるはずもなく、車両には僕ら二人のみであった。世間一般の二十代半ばの息子と、五十過ぎの父親とが二人きりになった時、はたしてどのような挙動をとるべきなのか、僕には知る由もないが、僕らはまあそれなりに自然に、少しだけぎこちなく、時と空間をやりくりしていた。

 駅に着き、改札を出るとまず、有線がやかましく流れる商店街が目と耳に飛び込んできた。それは実に健全で正しく模範的な商店街で、スーパーがあり蕎麦屋がありラーメン屋があり薬屋があり雑貨屋がありパチンコ屋があった。手近にあったチェーンの牛丼屋で腹を満たしてから商店街をくぐり抜け、父の新しい住居へと向かった。父とて下見の際に一度訪れたのみの見知らぬ土地なので、地図を見ながらのゆったりとした行脚だった。

 父が新しく入居することになった単身赴任寮は、所謂ベッド・タウンの閑静な住宅街に埋もれている建物で、新しくも古くもない、といった印象を与えた。やたらと愛想がよく世話見のいい管理人が出迎えてくれて、僕らにあれやこれやの説明を施した。頼りになるな、と思う反面、少々うるさ型なのではないかと思うくらいであった。

 案内されて部屋に入ると、そこにはいかにもなワンルームがあった。せまいキッチンとユニットバス、無駄に広い玄関と下駄箱。会社が用意していたテレビと冷蔵庫以外は何もなく、これから到着するはずの荷物を、冷たい床に座って待つことにした。「せまいよなあ」と父は言い、「せまいよねえ」と僕は言った。九州にいた頃に入っていた寮と比べることは、諸条件を考えてみても虚しいことのように思われた。東京には東京の寮があるのである。

 荷物が届く。ダンボールにして三十六個。運送屋の二人と父と僕、男手が四つもあると運び入れるのはあっという間だった。問題は言うまでもなく積み重ねられたダンボールの処置で、ひとつひとつを開けて中身を確認し整理し配置していく作業に数時間が費やされた。僕は引っ越し屋のバイトをしたことがあったし友人の引っ越しの手伝いをしたことも一度や二度ではなかったので、てきぱきてきぱきとよく動いた。この働きは父にとっては意外だったらしく、「お前、わりとやるなあ」とやや心外なことを言われたので、「ふふん」と勝ち誇ってみた。一体何に勝ったつもりになっているのか。

 落ち着いたところで、実家の母と妹に報告がてら電話をすると、センター試験から帰ってきたばかりの妹が一言、「あかんわあ」と叫んでいた。英語が思うようにできなかったらしく、自己採点の結果に少々落ち込んでいるようだった。「まあ、しゃあないわあ」と父と二人して慰めたが、これがはたして慰めになっているのかどうか。なってないような気がする。僕もセンター試験は二回受けるハメになって二回とも芳しくない成績だったわけで、この兄妹にとって鬼門のようである。まあ挽回はいつだってどこでだってできるよ、というメッセージを僕は背中から発しているつもりなのだが、そのメッセージは多分に弱すぎるのだろう、妹に届いている気配はない。

 あらかた部屋の片づけが終わると、なかなか悪くない部屋のように思われてくるから不思議である。「いい感じだなあ」と言う父に、「いいねえ」と返す僕。これは慰めではない。こうなると、町自体のこともよく見えてくるというもので、駅近くで大概のものは取り揃えることのできる環境を確認して満足した父は、「いい町じゃないか」と言う。「ん、住みやすそうだね」と言う僕の言葉もまた、決して慰めではないのである。本当に、いい町だと思ったのだ。数時間の滞在で断言できるものではないけれど、最初の数時間の印象が大事なのだということもまた事実である。

 引っ越し祝いを兼ねて、駅近くの居酒屋で食事をする。生中で乾杯し、「向こうじゃ送別会の連続でなあ、疲れちまったよ」とこぼす父に、「ま、今日は早く寝れるじゃん」と言った。「明日も明日で歓迎会なんだけどな」と苦笑いする父の顔には、年相応の皺が刻まれている。「おれも明日から出張だよ」と言うと父は、「そうか」とうなずき、「お前も色々やってんな」と言った。二人とも飲めない性質ではないのだが、お互いの明日のことを考えてか、酒量は控えめだった。それでも疲れを癒すためだかなんだかでしっかり食べるものは食べて、二人して満腹のため息を漏らしていた。

 店を出る間際に、僕は先日出たばかりの、自分が解説を寄せた文庫本を手渡した。「あとで読んでみて」との一言のみを添えて。父は瞬間眉根を寄せてその表紙をじっと見詰め、何も言わずに懐へ収めた。外は冷たい雨が降っていて、用意していた折りたたみ傘ではいかにも心許なかった。少し歩いて地下鉄の駅の入り口に着き、「じゃあ、ここでな」と父は言い、「ああ」と僕は言った。「今度、おでんでも作るか。お前もまた、来いな」と階段を降りかけた僕の背中に向けて浴びせられた父の声は、懐かしく、近く、そして、遠かった。

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030107 過去との邂逅。


 最近、僕のサイトに来て下さったYさんより年賀状を頂きました。その文面からの引用です(転載許可ありがとうございました)

 > らなさんの日記を毎日楽しみにのぞいている者です。

 ありがとうございます。恐縮です。励みになります。しかし「毎日」というのはいかにも申し訳ない心持になります。ひどい時は月イチ更新になってしまう当サイト、わざわざ来ていただいたのに何の変化もナシ、ということがほとんどかと思います。ここはひとつ、「楽しみに」ではなく、「この野郎、多分更新してやがらねえだろうな」というくらいの心構えでご来場いただけたらちょうどいい案配でしょう。「更新されてたらもうけもの」、これです、この心構えでいらしてください。これはもう、Yさんのみならず、来ていただいているみなさまに向けたメッセージでもあります。みなさーん! 更新されてたらもうけもの! ハイ復唱!(なんて後ろ向きなメッセージなんでしょう)

 おっといけない話が逸れました。問題は次の一文です。

 > 過去の日記も全て読ませて頂きました。

 はぐふう。

 うああああ。

 過去の日記。

 恥ずかしい。

 めためた恥ずかしい。

 やめてええ。

 いやね、もうね、公開してるからには「やめてええ。」だなんて叫びは通らないんですよね。わかってますよ。わかってるってば。でもね、やっぱりね、過去ログの整理なんかしててね、昔の日記が目に飛び込んできたりしてね、「うお、なんて恥ずかしい文章なんだ(複合的な意味で)」って思うんですね。「ね」が連続して鬱陶しいですね。



 こうして、「昔の日記も読みましたよ」って言ってくださる方は、結構多いんです。オフで会ったりした時なんかも、こんな風に言われます。

  Ranaさーん、サイト見ましたよー。日記読みましたよー。全部

 赤面です。面と向かって言われるともう、逃げ出したくなります。しかし逃げられません。FFならば、「逃げられない!」とかいうテロップが出てしまうところです。こんなにL1ボタンとR1ボタンを長押ししてるのに!

 「そんなに恥ずかしいなら、削除すりゃいいじゃん」と仰る向きもあるかもしれません。しかし僕はなんちゅうか、生来の整理癖、収集癖のため、どうにも削除に踏み切れないのです。たとえるなら、「いつか使えるかもしれないから、とっておこう」と、包装紙とか菓子折とかを捨てずにとっておくような。そんで結局いつまでも使う機会がなくて埃に埋もれさすような。そもそも削除に伴う全てのファイルの確認&修正作業がめんどくさいというか(これが一番の理由なんじゃないのか)。そんなこんなで、削除せずに晒し続けているのです。

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 この「過去ログ」の処置については、サイトごとに色々な方法があります。僕のように全部公開しているサイトももちろんありますが、古いものから順に削除してってるサイトの方がむしろ多数派のようです。これにはサーバ容量の関係、あるいはレンタル元の設定で自動的に削除されていく、というような「やむなし」の理由以外に、管理人みずからの手作業による削除がなされる場合があります。そしてその理由は、つまるところ「昔の日記(文章)は恥ずかしいから」に収斂しているように見受けられます。

 僕の知るテキストサイトの中にも、最近6ヵ月分の作品のみを公開して、古いものは下げる、という潔いシステムをとっているところが多く、その理由として「昔の日記は稚拙だから」「古いネタをいつまでも晒しておいても」とコメントが付されています。身近な例で言うと、もろやんの『ぐうたら雑記館』においても、サイト初期に公開されていた書評のいくつかは削除されています。その削除に際し、もろやんもまた「昔の書評は書き方が違いすぎるし」ということを言っていたように記憶しています。やはり長くサイトをやっていると、文章の熟達もあるでしょうし、方針の転換もあるでしょうし、過去と現在との間のギャップが生まれてくるのは避けられないのでしょう。

 わかります。

 すごく、わかります。

 昔の日記、恥ずかしいです。

 そもそも僕の場合、書いてる端から恥ずかしい内容の日記が多いんですから。確信犯的若気の至りが多いんですから。最も古いものとなると、21歳当時ですから。別人なんですから。きゃああああ(黄色い声で)

 しかしここまで書いたところで、僕が昔こんなことを言っているのを発見しました。

 僕は、「残る」という前提でもってすべての言葉を連ねています。010514

 ひゃあ。

 なんてカッコいいことを言ってくれちゃってるんでしょう、2001年5月当時の自分。こんなこときっぱりと言い切られちゃったら、削除できないぢゃないか。ほんのりプレッシャーぢゃないか。ンもう、バカ(って、言われてみたい)



 でもまあ、そんなあれやこれやをあらためて考えてみても、やはり僕は「消せないなあ」と思うんですね。それには愛着や未練もあるんでしょうが、書いた当時の覚悟を無視したくはないなと。それぞれの日記を書いて、いざアップロードする、公開する寸前の推敲の時を忘れたくはないなと。「残る」という前提でもって書いているからには、BBSにおけるみなさんの書き込みもまたすべて残しているからには(同じく010514)、自分の日記を消すことはできないですね。しかしこの恥ずかしさを軽減させる方策はないものか。あっ、そうか、過去ログ散策のスキを与えないよう、矢継ぎばやの更新をすればいいんですね(無理です<即答)

 おっと、「この機に過去ログを読みに行くのもまた一興」って思ってるあなた、それはやめて。

 歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板に誌(しる)されたものである。(中略)――書漏らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ。

中島敦「文字禍」

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030103 やっぱり古舘さんの実況はいいなあ。


 今年も『スポーツマンNo.1決定戦』を観ながら日記を書いています(録画だけど)

 去年(020103)と同じような正月の過ごし方ですが、今年はとにもかくにも職に就いた状態でこの正月を迎えられているのが大きな違いです。だからお気楽なのかというとそうでもなくて、休み明けに提出しなければならない企画書の制作に苦悶しております。休みに入っても毎日この企画書のことが頭にあるので、胃が痛いことこの上ないですな。思えば2年前の正月は卒業研究の大詰めでピイピイ泣いてたし、去年は就職活動でピイピイ泣いてたし、今年は仕事でピイピイ泣いているわけで、毎年精神的に落ち着かない年始となっています。泣き通し。泣き虫らなたん(殴れ)

 書いてて思いましたが、毎年、「1年後の自分が予測できない」、そんな不安定な状況に晒されたまま、区切りとしての正月を迎えています。去年は就職もしたことだし、やっと落ち着いた、と言いたいところなのですがどっこい、1年後に今と同じ職にあるかどうかは甚だ疑問です。クビになってるかもしれないし、自分から飛び出ているかもしれないし。業界(書籍編集)的にも環境的にも、これらの可能性がないとは言えないあたり、不安定さはまだまだ続きます。けどまあ、予測可能な未来よりは予測不能な未来の方が、楽しそうでええじゃないかええじゃないか、のココロでやっていきます(適当だ)

 と、抱負を言ってみて年始らしさを演出してみたところで(演出って言うな)、左(←)にありますフレームにご注目。そう、[Diary INDEX]って書いてあるところですね。[2003]が加わって、これで1999〜2003と、5つの西暦が並ぶこととなりました。「おお、足かけ5年もやっているのか。スゲエなあ」と一瞬ダマされそうになりますが、実質はまだ3年足らずであるあたりが、数字のマジックと言えましょう(言えません)。もっともっと続けてって、歴史に中身の伴った充実したサイトとしていきたいと思うところです。今年もよろしくお願いします(おっ、これも抱負だ)

 こんな風に>>>

 年賀状をお送りいただいたみなさん、ありがとうございました。

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